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(3)高年齢労働者の健康の確保[特集:高年齢労働者の健康と安全の確保]

No.5016 (2020年06月13日発行) P.32

櫻井 勝 (金沢医科大学衛生学准教授)

登録日: 2020-06-12

最終更新日: 2020-06-10

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Point

脳心血管疾患の予防には,定期健康診断を活用した生活習慣病対策が重要である

定年退職前後の働き方や生活環境の変化を考慮したメンタルヘルス対策が必要となる

高年齢労働者全体を対象に,健康増進対策や働きやすい職場環境の整備が求められる

治療と仕事の両立支援において,産業医とかかりつけ医の連携の重要性が増している

1. 高年齢労働者の定期健康診断と健康管理

少子高齢化に伴う生産年齢人口の減少により高齢者の労働力への期待が高まる中,60歳以上の雇用数はこの10年間で1.5倍に増加している。加齢に伴う身体特性の変化を考慮した高齢者にも働きやすい職場環境が求められる一方で,加齢に伴う疾病を有する者も増えることから,健康管理の重要性も増している。この健康管理の一つに健康診断の実施がある。2008(平成20)年から始まった特定健診・保健指導制度により健康診断の事後指導が重要視され,職場においても疾病予防につながる健康診断の活用が求められている。

職場における定期健康診断の有所見率は年々増加しており,2018(平成30)年は56%であった。定期健康診断の受診者のうち所見ありと通知された者の割合は,20歳代の19%から60歳以上では57%と,年齢とともに増加していた1)。加齢に伴う有所見率増加の要因として,高血圧症,脂質異常症,糖尿病といった生活習慣病の増加が考えられている。国民健康・栄養調査の結果を見ても,これらの代謝異常の有病率は年齢とともに上昇することが報告されている(図1)2)

これらの生活習慣病は脳心血管疾患の危険因子としても重要である。2015(平成27)年度人口動態職業・産業別統計によると3),就業者の脳血管疾患,心疾患等による死亡数は2万7019件で,このうち60歳以上が約7割(1万9797件)を占めている。また,脳心血管疾患における労災認定事案の60歳以上の割合は17%であり,40歳代36%,50歳代37%よりも少ないが4),今後,高年齢労働者の増加に伴い,60歳以上の割合は増加することが予想される。このような観点からも,高齢者の生活習慣病対策は重要である。

これまで高年齢労働者自体が少なかったのみならず,退職後の健康状態の追跡が困難で,将来の健康リスクを評価する疫学研究は難しかった。我々は,富山県の金属製品製造業事業所の定年退職者約2000人を対象に,60歳時の健康診断結果と定年退職後の総死亡リスクの関連のコホート研究を行った5)。日本人全体を基準集団としたときの退職者集団の標準化死亡率比(standardized mortality ratio:SMR)は,男性0.60,女性0.41で,この基準集団と比較して男性で4割,女性で6割,死亡リスクが低かった。また,この退職者集団で,60歳時の健康診断結果と退職後早期死亡との関連を検討すると,喫煙,メタボリックシンドロームの構成要素(肥満,高血圧症,脂質異常症,糖尿病)の合併数,やせ〔体格指数(body mass index:BMI)<18.5kg/m2〕が,退職後早期死亡リスクと関連していた(図2)5)。第13次労働災害防止計画では,高年齢労働者の脳心血管疾患を防止するために,生活習慣病を中心に健康診断の事後指導の重要性が示されている。また,本研究の結果からも,特定健診・保健指導として行われている肥満・生活習慣病対策や禁煙指導を,推進していくことが重要であると確認された。さらに,高年齢労働者の転倒・つまずき災害防止や将来の介護予防の観点から,サルコペニア・フレイルの予防が注目され,低体重高齢者への筋肉量維持を目的とした保健指導が重要視されている。これらの低体重高齢者への介入は,早世(65歳未満の死亡)予防にも重要であると示唆された。

健康診断の事後指導は重要であるが,一方で,高年齢労働者の受診率は他の年代よりも低いことが問題視されている。60歳以上の労働者で定期健康診断を受けていない者の割合は17%と40歳代,50歳代の2倍以上である1)。未受診の理由としては,「他のところで受診した」が46%と最も多く,次いで「健康診断が実施されなかった」が36%であった。定年後の再雇用や再就職など高齢者個人の雇用環境が変化する中で,確実に健康診断を受診し,健診事後指導につなげる体制づくりが重要である。

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