現在約100万人いると推定されている日本の心不全症例は,2035年頃までさらに増加すると予想されている。65歳以上の高齢者が占める割合も年々増加しており1),高齢者に多い左室収縮能の保たれた心不全(HFpEF)の割合も大きくなっている。
HFpEFには死亡率や臨床イベント発生率を下げる効果が明確に示された治療法が現時点ではなく,ガイドライン上の推奨は「うっ血に伴う自覚症状軽減目的での利尿薬投与」のみである2)。しかし利尿薬投与には腎機能悪化や電解質異常発症の可能性があり,高用量ループ利尿薬服用症例は予後不良という報告もある3)。
利水剤は,水の滞り(水滞)を解消させる生薬を含む漢方薬の総称であるが,甘草を含まない方剤であれば低カリウム血症などの電解質異常を起こす心配はない。また,日本の医療用漢方エキス製剤であれば腎機能悪化を引き起こすことなく溢水状態を改善させる効果が期待される。HFpEFに限らず,左室収縮能の低下した心不全症例においても,利尿薬が高用量となることを防ぐための利水剤併用は検討してもらいたい。
心不全治療に適した利水剤には牛車腎気丸,木防已湯,五苓散などがある。使い分けのコツを表にまとめたが,患者さんの症状や身体所見および状況,そして漢方的特徴によって処方薬を判断するとよい。
牛車腎気丸は,出典である済生方に「腎虚腰重く,脚腫れ,小便不利を治す」と記載された薬である。よい適応を端的に表現すると「下腿浮腫を伴う高齢者の心不全」ということになる4)。腹診上,臍下の左右腹直筋の間が軟弱で柔らかくなっていることを「小腹不仁」と呼ぶが,この所見があれば牛車腎気丸を含む補腎剤の適応と考えてよい。
今回紹介した症例は,BNP,心エコー所見等からHFpEFと考えられた。前医処方のフロセミドに牛車腎気丸を追加したつもりだったが,自己判断で牛車腎気丸のみを服用されていた。しかし,浮腫は順調に改善し,再診時の下腿周囲径は左3.5cm,右5.5cm細くなっていた。
心不全の標準治療に漢方の知恵を取り入れることで,高齢者にも優しい心不全治療が可能となる。