2019年に咳嗽に関するガイドライン(日本呼吸器学会)が7年ぶりに改訂された。「乾性咳嗽に麦門冬湯」と「湿性咳嗽に小青竜湯」は2012年のガイドラインから「Strength of Evidence:Ⅱ」「Strength of Recommendation:B」として推奨され、2019年の改訂においても引き続き推奨度Bとされており、いずれもエベビデンスレベルの高い漢方薬と考える。咳の治療は漢方薬の得意分野であり,この2剤同様,漢方薬は咳の実臨床において極めて有効であるが,西洋医学的病名処方では切り替えのタイミングを見極めるのが難しく,適切な処方には漢方医学の理解が必要である。
鍵となる生薬は麻黄と柴胡であり,炎症の急性期に麻黄を使い,亜急性期から柴胡を使う。移行のタイミングは個人差があり,西洋医学のように採血で炎症所見を判定することもない。この判断には基本的な和漢診療学を用いており,脈がバクバクする「浮脈」があれば(脈診),麻黄を含む麻黄湯や小青竜湯,季肋部に抵抗がある「胸脇苦満」になれば(腹診),柴胡を含む竹筎温胆湯などを処方しマクロライドなどの抗菌薬併用を検討する。
柴胡は乾燥の性質があるため漠然と使用を続けることはしない。慢性期に入って乾性咳嗽が続き,舌が乾燥すれば(舌診),柴胡を中止して人参養栄湯などで潤す処方に変更する。これらの方剤に並行して鎮咳剤として麻杏甘石湯や麦門冬湯を頓用する。気道が熱を持つ急性期から亜急性期に麻杏甘石湯,慢性期に移行して湿性痰が少なくなれば潤す作用のある麦門冬湯を処方する。気道に水の多い急性炎症期に麦門冬湯を与えて喀痰過多にならないよう注意が必要で,泡沫痰が多ければ五苓散を処方する。慢性の湿性咳嗽に対してはサーファクタント調整作用のある清肺湯,比較的急性で鼻炎を伴えば辛夷清肺湯で経過を見ることも多い。
鎮咳作用を持つ漢方薬は甘草を含むものが多く,甘草の重複に十分注意して血圧上昇があれば内服を中止する。一般に「漢方薬は2カ月くらい続けてやっと効いてくる」などといわれるが,急性呼吸器炎症に対する漢方薬は数回の内服で効果を発揮する。漢方薬の副作用を出さないためには,漠然と使用せず病態の変化に応じて方剤を切り替える必要がある。