PMSやPMDD(月経前不快気分障害)の薬物治療としては西洋医学的にはホルモン剤やSSRI,東洋医学的には当帰芍薬散,桂枝茯苓丸,加味逍遙散,桃核承気湯,女神散,抑肝散などを投与されることが多い。この患者はホルモン剤により月経痛は改善しておりSSRIの適応であろうが,柴胡桂枝乾姜湯が奏効した。
柴胡桂枝乾姜湯は,柴胡剤の中で最も虚証で,腹診において経穴の鳩尾(胸骨剣状突起直下)の圧痛,臍上悸(腹部大動脈の拍動を触知)が,適応となる症例の特徴である。症候としては,口乾(口は渇くが,水を飲みたくなるほどではない),寝汗,肩甲骨の間の凝り,焦燥感,不眠,動悸などがある。
「イライラ」に用いる漢方薬としては,抑肝散(加陳皮半夏),加味逍遙散,柴胡加竜骨牡蛎湯,桃核承気湯,黄連解毒湯,釣藤散などがあげられる。抑肝散(加陳皮半夏)は,もともと人間嫌いで他人との距離をとる傾向にあり,それが破られたことにイライラする,加味逍遙散は,逆に他人にかかわりを求める傾向にあり,それが思うようにかなえられないとイライラする,柴胡加竜骨牡蛎湯は,精力的に仕事や家事に励むが,それがうまく進まないことにイライラする,という性格傾向がある者に適すると筆者は感じている1)。
イライラを主訴とする者に柴胡桂枝乾姜湯を使うことは実は少ないが,本症例のようにPMSや更年期症候群における焦燥感に対して有用なことが多い。その症候は柴胡加竜骨牡蛎湯と似ているが,より虚証で,体力がないのに周囲に気を遣いすぎて動き回り,あとでどっと疲れてしまうという者が多い1)2)。この「気を遣うこと・動悸・不眠」という症状から,東日本大震災における,避難所生活者のPTSDに対して有効であったという報告もある3)。
本症例は以前に抑肝散を投与されたが無効であった。「イライラといえば抑肝散」だけではなく,他の漢方薬を検討することも必要である。