呉茱萸湯は冷えを伴う頭痛に対してよく処方される。頭痛に対しては五苓散や釣藤散を処方することもあるが,冷えのある頭痛に対しては呉茱萸湯の内服で速やかに症状が改善されることが多くある。最近では,頭痛専門医が片頭痛に有効な薬として処方する機会も多くなっている。
呉茱萸湯は4味から構成されており,呉茱萸と生姜には体内を温める作用,人参には吐き気を抑える作用,大棗には痛みを抑える作用がある。冬の寒い時期や,夏でも冷房のきいた環境下などで頭痛が悪化するケースに使うとよく効くことを経験している。
呉茱萸湯の投与目標とされる「頭痛」「手足の冷え」のほか,本症例のように「嘔気」にも有効である。
私は以前,頭痛が主訴で呉茱萸湯を投与された患者40例を対象に,有効例と無効例における初診時の問診票(40項目)への回答状況の相違について検討を行った(表参照)1)。患者には呉茱萸湯を漢方医学的な証によらず一律投与している。
40項目の中で,呉茱萸湯の投与目標とされる「頭痛」「嘔気」「手足の冷え」は有効例と無効例の間に有意な差は認められなかった。それに対して,「動悸」という項目において有効例と無効例の間に有意な差が認められ,奏効を見分ける指標となり得ることが示唆された。
江戸時代の漢方医・吉益東洞は『方機』のなかで,呉茱萸湯の主証は「気逆」(気が上昇してドキドキして落ち着かない状態)であると記している。「動悸」は気逆の症状であるため,古典の内容と合致し呉茱萸湯の投与目標の一つになると考えられる。
国民の4人に1人は頭痛に悩んでいるといわれている。今はコロナの影響による生活スタイルの変化で,運動不足,ストレスや精神不調から起こる頭痛を訴える患者が増えている。患者のQOL改善のためにも,呉茱萸湯の投与目標に「動悸」も加え,漢方診療に役立てている。