心臓神経症とは,心臓に関わる症状があるにもかかわらず,検査では異常が認められず,特定の身体疾患と診断できない場合を指します。胸部から心窩部の違和感は心疾患を想起させ,不安になります。逆に情緒の不安定性から胸部症状を誘発することもあります。まさに心身一如です。
東洋医学では病気になる原因を,3つの大まかなグループに分けます。①天候・気温などの外的な要因である外因,②自分の身体の中で起こる内因,③外因でも内因でもない不内外因。
私たちの精神は,刺激を受けるとそれに応じて感情が変化します。怒ったり,悲しんだり,喜んだり,様々な情緒反応が起こります。こうした情緒反応を喜・怒・悲・思・憂・恐・驚の七情として分類しています。この七情が長期にわたって変化し続けたり,過度に変化したりすることによって病気の原因になったものを「内因」と呼びます。
この七情の気の乱れ,すなわち感情の変動によって生じた病的症状を改善するのが半夏厚朴湯,別名:大七気湯です。和剤局方では次のような症状に効くと記載されており,心臓疾患を疑う症状も含まれています。
・梅のタネのようなものが咽にあった,吐き出そうとしても出ず,飲み込んでも下がっていかない。
・上腹部がつかえて膨満し,ガスが溜まってスッキリしない。
・喀痰が多く,息が切れて喘鳴がする。
・悪心嘔吐が認められる。
胸部症状で外来受診される患者さんは不安そうな顔で来られる方が多い印象です。問診と検査で心臓疾患の可能性が低いことを説明すると,笑顔で帰られる方が半数以上です。しかし,不安をぬぐえない方も一定数おられます。その時に何を使うか?
顔貌や言動から不安緊張状態が伝わってくるようであれば,半夏厚朴湯が効く可能性は高くなる印象があります。真面目,几帳面,病気に対するこだわりの強さなども参考にしています。漢方診療医典では「本方は気のうっ滞を散じて,気分を明るくする効があるので,特に神経症に用いる機会が多く,また咽中が塞がる感じ,または梅核気と古人が呼んだ症状で,咽中に何か球状のものがひっかかっていて,それが気になるというのも,本方を用いる目標である」とあります。
胸背部痛,咽頭,心窩部の異常感や絞扼感を訴えた患者さんのうち心臓血管系を精査しつつ半夏厚朴湯を投与した40例について全例効果があったという報告もあります1)。心に寄り添う診療を心がけたいものです。