No.5154 (2023年02月04日発行) P.73
草場鉄周 (日本プライマリ・ケア連合学会理事長、医療法人北海道家庭医療学センター理事長)
登録日: 2023-01-25
最終更新日: 2023-01-24
昨年展開されたかかりつけ医の制度化に関する議論を見ていく中で、果たして政策的なエビデンスはあるのかという意見も聞かれた。いわゆるEBPM(Evidence-based Policy Making)という考え方で、日本政府も内閣府などでEBPMの推進を明記している(https://www.cao.go.jp/others/kichou/ebpm/ebpm.html)。
それでは、かかりつけ医の制度化の時に提示されやすいデータは何か? 例えば、日本の平均余命の国際比較での高さ、乳幼児死亡率の低さ、コロナ禍における人口当たりの感染者数並びに死亡者数の低さなどが一般的であろうか。ある論者はこの数値の良好さを持って、日本の現在のプライマリ・ケア、つまり開業医制度は盤石であり、何ら変える必要はないのではと論じる。
しかし、こうした議論は注意深く検討する必要がある。確かに国民皆保険で体調不良時には受診しやすい日本の医療のメリットは大きかった。しかし、日本人の魚介類や植物性蛋白を重視した食生活、保健所や行政による母子保健の充実、コロナ禍において政府の要請に積極的に応じてマスク着用や会食回避を続けてきた国民性など、医療提供体制以外の要素でこうした数値が改善されてきた事実も無視してはいけないだろう。
そして、かかりつけ医機能が制度的に保障されていない日本において、かかりつけ医機能の高低で健康アウトカムを比較する研究を実施することは難しく、日本でのエビデンスを出すことは容易ではない。となると、海外での研究をどうしても参考にせざるを得ない。海外では「かかりつけ医機能」に該当するのはプライマリ・ケア機能である。Johns Hopkins大学の故Barbara Starfield教授らが展開してきたプライマリ・ケアの国際比較研究では、国単位でプライマリ・ケアスコアを設定。プライマリ・ケアスコアと国民の健康指標には正の相関、また、医療費は負の相関があった1)2)。日本はスコア7.5点で、OECD加盟国平均の8点後半〜9点後半を下回っている3)。こうしたデータに基づき、OECDからは「日本の急速な高齢化を考慮すると、予防的及び包括的な高齢者ケアに向けた明確な方向性が必要である。これにおいては、日本で明白なプライマリ・ケアの専門がないことに対処する必要がある」との指摘もあった4)。
様々な分野で世界のトレンドと異なるガラパゴス化が目立つ日本である。せめて医療はその質が比較的高い現在にこそ、様々なデータやエビデンスも活用しながら改革の手を打っていきたい。
【文献】
1)Starfield B, et al:Milbank Q. 2005;83(3):457–502.
2)Starfield B, et al:Health Policy. 2002;60(3):201-18.
3)Macinko J, et al:Health Serv Res. 2003;38(3):831- 65.
4)OECD:OECD Reviews of National Health Care Quality:Japan 2015
https://www.oecd-ilibrary.org/social-issues-migration-health/oecd-reviews-of-health-care-quality-japan-2015_9789264225817-en
草場鉄周(日本プライマリ・ケア連合学会理事長、医療法人北海道家庭医療学センター理事長)〈総合診療/家庭医療〉