ヘルスサービスリサーチ(health services research:HSR)とは,ヘルスサービス=「健康関連サービス」の研究である。健康関連のサービスの大部分を占めるのは端的に言えば医療であるが,ヘルスサービスは,わが国で健康保険などの文脈で使われる疾病に対する狭義の「医療」に限らず,予防や検診などに関連した事項も含むものとして考えられており,いわば,広義の「医療」としてとらえていることに注意する必要がある。本稿では表記の簡易化のため,「医療」という場合は広義の医療を指すこととする。
HSRは医療の受療といったアクセスに影響を及ぼす因子や,医療自体の質,医療を構成する制度・保険・財政,また,医療の結果としての患者アウトカムを把握するような研究を含む。ここでは診断・治療の開発を目的とした臨床研究や,医療が始まる前の段階における純然たる予防因子を同定する研究などは含まれないが,それ以外の関連因子として,健康医療の政策や制度に関する研究,医療機関の現場で医療に及ぼす諸因子やその結果に関する研究が含まれる。
この認識のもと,本稿においては,わが国のがんの分野におけるHSRの事例を概観する。
わが国において,がんの医療に大きく影響した環境の変化としては,2007年にがん対策基本法が施行されたことが挙げられる。この法律は国のがん対策として,いくつかの重要な枠組みを構築した。たとえば,がん対策に国,地方公共団体,保険者,国民,医師の役割を明確化したことや,また,国のがん対策を進めるための,がん対策推進基本計画を策定することを定めたこと,また,その策定のためにがん対策推進協議会を設置,さらにはその協議会委員に患者,家族およびその家族または遺族を代表する者を含めると定めたこと,などが挙げられる。また,都道府県においても同様の計画の策定が定められた。
加えて,基本理念のひとつにがん医療の均てん化を明示したことは非常に大きな動きである。均てん化とは,「居住地域にかかわらず質の高い標準医療を受けることができるようにすること」を指し,これが,国全体の責任と規定されたことによって,そのための活動が活発化することとなった。
前述の通り,がんの分野では,世の中のあるべき姿を法律が理念的に示したことがHSRの出発点となっている。筆者は国立がん研究センターにおいて,政策的な要請に応える形でHSRを実施する役目を担ってきた。以下にそのような事例をいくつか紹介する。
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