文明の進歩によって、人間は多くの能力を失ってきた。最近は特にそのスピードが速くなっている。ワープロの出現によって漢字を書く能力は極端に低下した。携帯の出現によって、記憶する電話番号は数えるほどになった。カーナビの指示通りに運転することによって、考えることなく目的地に到着できるようになった。これらの機器を上手く利用することによって、人間生活は格段に便利になったが、トレードオフとして多くの能力を失ってきた。
昨年末から、高度なAI(Artificial Intelligence)技術によって、人間のように自然な会話ができるChatGPT(Generative Pre-trained Transformer)の話題が急速に広がっている。簡単な指示でも、高度な文章を作成してくれる。これに対して早くから危機感を持ったのは、大学をはじめとする教育機関である。従来からコンピュータの助けを借りたレポートや論文を防ぐ手段を考えてきたが、あまりにも急速な進歩の前に戸惑い、とりあえずChatGPTを禁止してゆっくり考えようとする教育機関が多い。
記憶に強い人に対して、人間は記憶力ではない創造力だ、とやっかみを含んで人間を評価することが多かった。囲碁、将棋の棋士は圧倒的な記憶力に加えて、先人が考えなかった手を考える創造力に長けた人間だと考えられてきた。だからコンピュータは棋士には勝てないと考えられてきたが、AIの進歩により現実となった。ただし現時点では囲碁や将棋、白血病治療の最適レジメンを探すといった、膨大な組み合わせが存在する中から素早く最適解を割り出すことができる問題特化型のAIが開発・導入されている状況にとどまっている。
AIの利用を放射線診断に用いようとする試みも進んでいる。コンピュータがCT画像から自動的に病変を抽出し、病理所見を類推して診断に役立てる手法である。CAD(Computer Aided Diagnosis)の精度は、CADに入力するデータの精度に大きく依存する。AI利用によってより性能が上がったCADを上手く利用することは必須だが、その能力を担保するのは医師の優れた診断能であることには変わりがない。
診断レポートや電子カルテ作成は、タイピングに時間がかかる。音声入力も行われているが、音声認識されたテキストを後で直すのが主流となっている。ChatGPTによって、所見を話すだけで、しっかりしたレポートができれば仕事の効率が上がり、働き方改革に資する。どのような素晴らしい利用方法があるかは私には不明であるが、AIやChatGPTに代表される生成AIを排除するのではなく、利用するアイデアを出していくことが必須である。AIでなくなる診療科は? ではなく、AIを上手に利用して大きく発展した診療科は? と言われるための知恵が問われている。
杉村和朗(兵庫県病院事業管理者)[ChatGPT][CAD]