三重県松阪市が、市内の基幹病院に救急搬送されたものの入院の必要がない、つまり「軽症」と判断された人について、7700円を徴収するという方針を提示したことを受けて、救急車有料化の議論が起こっている。しかし、これはまったくもって救急車の有料化とは関係のない話なので、丁寧に解説したい。
現在、初期の診療は地域の病院で、高度・専門医療は基幹病院で行うという外来機能分担を目的に、選定療養費の制度が敷かれている。これは特定機能病院や、一般病床200床以上を持つ地域医療支援病院などに紹介状を持たずに受診した際、7000円(税込7700円)を選定療養費として徴収することが義務付けられているものである。
救急外来の受診であっても同じで、紹介状を持たないで受診した場合には、選定療養費徴収の対象となる。ただし、救急医療事業、周産期事業等における休日夜間受診患者や、外来受診から継続して入院した患者からは定額負担を求めなくてもよいとされている。救急搬送された患者から徴収するかどうかは各病院の裁量に任されているのが実態となっているが、松阪市は市と市内基幹病院が協議し、足並みをそろえてルールを決定したという状況である。
軽症での救急出動が多く、行政として機能が担保できないと考えた市側の、「出動を減らしたい」という思惑は、そもそもの選定療養費の考えとは一致していない。現在、救急搬送されても選定療養費を取ることが妥当か、本来必要である人の救急車利用控えにつながらないかという点が報道などで取り上げられている。しかし、そもそも考えなくてはならないのは、一般市民が救急要請をするかどうかの判断基準を動かすという目的に、行政機関が率先して選定療養費の徴収基準を決めるのが妥当かという点である。
あくまでも外来機能の分担という視点に立つのであれば、独歩受診を前提とした一次救急を担う医療機関の充実化、そして救急搬送を前提とした二次救急医療のうち200床未満の病院を搬送先として拡充させ、そちらへの搬送を促すというのが適切な制度の利用方法ではなかろうか。
今回の件は、地方自治体が既存制度を誤って利用した前例になってしまうのではないかという点を危惧している。市内に救急搬送できる200床未満の病院があれば、そちらへの救急搬送を促すことになり、まったく出動件数が減ることにはつながらない。もしそういった病院がなく、救急車の利用をしなかった場合の受け入れ先がない、そして今後拡充するつもりがないのであれば、単に救急医療サービスのハードルを上げるだけの試みとなってしまう。
せめて、今受診すべきか否かを相談する窓口を強化するなど、何らかの取り組みをしてほしい。松阪市に追随する自治体が増えないこと、そして、今後適切な議論が行われることを願っている。
薬師寺泰匡(薬師寺慈恵病院院長)[外来機能の分担][救急車出動件数の削減]