この症例は,食欲不振や繰り返す嘔吐などにより低栄養状態となり,フレイルの状態におちいったものと理解できる。フレイルは適切な栄養摂取と運動により,健常な状態へ回復しうる可逆性を持つとされる。
今回,六君子湯の投与により消化機能が改善され,良好な栄養状態を維持することで健常な状態へ回復することができた。薬用人参を含む漢方薬である六君子湯は,虚弱で胃腸機能が低下し,食欲不振,心窩部の膨満感などを訴える場合に適応となる。原澤らによれば,二重盲検比較試験において,六君子湯はプラセボに対し運動不全型の上腹部不定愁訴を有意に改善したとの報告1)がある。基礎研究において武田らは,六君子湯がセロトニン2受容体拮抗作用を介して,シスプラチンで惹起されたラットの食欲不振を抑制すると報告2)している。さらに六君子湯の食欲増進効果は,摂食促進作用をもつグレリンを増加させることによって発現することも明らかにしている2)。
また,日本消化器病学会による「機能性消化管疾患診療ガイドライン2014」3)において,機能性ディスペプシアの治療薬として,漢方薬の一部は有効であるとの見解が示された(表)。その中心となる漢方薬は六君子湯であり,科学的見地からも六君子湯は食欲不振の第一選択薬となりうる漢方薬であると考えられる。ただし,六君子湯の投与で治療効果が得られなかった場合には,漢方医学的な病態把握が必要となる。すなわち,六君子湯は体力が低下し,冷え症の傾向がある場合に適応となることに留意する必要がある。
フレイルによる食欲不振に対し,六君子湯以外で鑑別すべき漢方薬に補中益気湯と加味帰脾湯がある。補中益気湯は全身倦怠感など身体的症状が強い場合に用い,加味帰脾湯は抑うつ気分や不眠など精神症状が強い場合に用いる。また,さらに消耗状態に陥った場合は人参養栄湯や十全大補湯が適応となる。ただし,これらの漢方薬には地黄という生薬が含まれ,胃腸障害などの副作用を生じる場合があるので注意が必要である。
まとめ
フレイルに伴う食欲不振には六君子湯が第一選択薬となる
倦怠感が強い場合は補中益気湯が,精神症状が強い場合は加味帰脾湯が適応となる
漢方薬選択に際しては,漢方医学的な病態把握の理解が必要