「打撲」は日常診療で頻繁に遭遇する外傷性疾患である。発症原因は,若年層のスポーツ外傷のみならず,高齢者の転倒も多い。直達外力による損傷が筋組織レベルまで達する「筋挫傷」となると,歩行困難を伴う強い疼痛を訴えることも少なくない。診断にはMRI T2強調像またはSTIR(short T1 inversion recovery)像が有用である1)。
筋損傷に対する保存治療の文献をまとめると,臨床症状の改善に要する期間は平均6~8週間と報告されているが,hamstringの損傷で12週間以上必要だった例もあり2),またMRIの信号変化については,受傷後10週間以上経過しても損傷部位の信号変化が残存している報告もあった3)。
著者は,打撲,筋挫傷を含め,10例の下肢筋損傷に対する桂枝茯苓丸での治療経験があるが4),特に本症例は外固定処置もせず,2週間後には独歩が可能となった。文献によって対象患者の年齢や損傷の程度に差があり単純比較は困難であるが,これらを参考にすれば,漢方治療でも十分に効果が得られたと考える。
桂枝茯苓丸は血流改善を目的とする処方の代表で,通常は冷えを伴う更年期障害や月経障害に多く用いられているが5),歴史的には打撲などの外傷にも応用されている6)。桂皮・茯苓・牡丹皮・桃仁・芍薬の5種類の生薬のうち,筋損傷に対しては芍薬の鎮痛・鎮痙作用,牡丹皮・桃仁の血液凝固抑制作用および抗血栓作用が奏効したと考える。受傷初期から血流を促進する薬剤を投与することに矛盾も感じられるが,深層の血腫の早期吸収は疼痛改善や化骨性筋炎の予防に有効である。
また,本症例では初診時のMRIで認めた皮下組織の浮腫性変化が改善したことから,桂皮・茯苓の利水作用も重要であったといえる。桂枝茯苓丸は副作用の発症に注意すべき麻黄,甘草,大黄などの生薬を含んでおらず,喘息,胃障害,緑内障などNSAIDsが処方しにくい症例でも安心して運用できる処方である。