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雑踏事故による死傷者[先生、ご存知ですか(57)]

No.5144 (2022年11月26日発行) P.67

一杉正仁 ( 滋賀医科大学社会医学講座教授)

登録日: 2022-11-27

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10月29日の夜にソウルでハロウィンのイベントが開催されましたが、約150人が死亡し、約130人が負傷するという痛ましい事故が起きました。当日は20~30代の若者を中心に約10万人が集まっていたそうです。狭い路地に多くの人が殺到し、前の人が転んだところに次々と人が折り重なったとのことです。

わが国でも、2001年の明石の花火大会では見物客が歩道橋に殺到し、11人が死亡、約180人が負傷する事故が発生しています。

死亡原因は外傷性窒息

さて、これらの事故で亡くなる原因ですが、多くは外傷性窒息です。外傷性窒息とは胸部圧迫による窒息とも呼ばれます。胸郭に大きな外力が作用することで、呼吸が阻害され生じます。今回の事故のように、人が折り重なって倒れ、体幹に大きな外力が作用することで呼吸ができなくなります。

1995年に発生した阪神・淡路大震災でも多くの家屋が倒壊し、下敷きになった人の多くは外傷性窒息で死亡しました。その数は、全死者の77%にあたる4224人にも上っています。また、2005年に発生したJR福知山線の脱線事故でも、死者の18%にあたる19人が外傷性窒息で死亡しました。

このように、外傷性窒息は大規模災害による死亡原因として知られていますが、身近な事故でも発生しています。たとえば、労働災害などでコンクリートや土砂の下敷きになること、乳幼児の上に寝具がのっかることなどです。

死に至るメカニズム

胸部を圧迫されることで、胸郭の運動が阻害され呼吸不全に至ります。また、胸腔内圧が上昇することで静脈還流が阻害されます。その結果、心拍出量も減少します。胸部が圧迫されるため、頭顔部や上肢はうっ血性となり、腫脹します。そして、点状出血が散在します。短時間で心肺停止状態に陥るのが特徴です。

圧迫力が比較的軽い場合には、救命されることがありますが、低酸素血症の程度によっては脳障害をきたすことがあり、高次脳機能障害などの後遺症を残します。文献によると、健常成人の胸郭に50kgの外力が作用した場合、約30分で呼吸状態に影響がみられはじめ、70~80分で呼吸不全に至るそうです。

胸部に外力が作用した際に、多発肋骨骨折や臓器損傷で死亡することがあります。この場合、肺損傷や大動脈損傷によって出血が多い場合には出血性ショックで死亡します。一方、左右の動揺胸郭や外傷性気胸などで、肺のガス交換能が阻害された場合には、呼吸不全で死亡します。外傷性窒息の場合には、多発肋骨骨折や胸腔内臓器損傷を合併していないこともあり、すぐに救出されれば救命の可能性は十分にあると考えられます。

救命措置

事故の報道で現地の画像が流れていましたが、至る所で心臓マッサージをしている姿が見られました。心肺停止状態で発見されても、心肺停止の直後に救出されれば蘇生の可能性は高くなります。我々も、そのような現場に遭遇した場合には速やかに心肺蘇生術を行わなければなりません。

重要なことは速やかに救出されることです。しかし、映像を見る限り、とても身動きができない状況に恐怖を覚えました。雑踏に気をつけることを若年者に教育しなければなりません。

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