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【識者の眼】「女性へのAED使用を躊躇する気持ちは理解するが、それを助長させる必要はない」薬師寺泰匡

薬師寺泰匡 (薬師寺慈恵病院院長)

登録日: 2025-03-11

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テレビ朝日制作の配信番組「ABEMA Prime」において、1月20日放送回で「AEDで助けた女性から強制わいせつの疑いで被害届が出された」とするSNS投稿が取り上げられた。これまでAEDを使用して何らかの罪に問われたことはないが、ただ、捜査対象になるということだけでも心理的ハードルが高まってしまうことが懸念される。

結局、被害届が出された事実は確認できないということで、ABEMAは2月25日、公式サイトを通じて「10年ほど前の事案につき、事実関係の詳細の確認が十分とはいえないまま放送していました。なお、当局への取材を含め事実関係について再取材を進めており、今後、番組で適切に対応する方針です」とする声明を発表するに至った。

倒れている人を目撃し、声をかけ、人を呼び、救急要請をして蘇生を試みる。この行為は一般市民レベルではハードルが高いのが実際であろう。さらにAEDを装着して使用するというところまでいくと、相応の勇気が必要になる。対象が女性の場合には、性的嫌がらせととらえられたら……という心配がよぎり、介入のハードルはさらに高まる。シミュレーショントレーニングにおいても、人形が女性であった場合に衣服を脱がすのを躊躇されてしまうという研究もあるのが実情である。

躊躇なく救命処置がなされる社会と、皆が躊躇する社会、どちらが安全かと言えば、当然前者である。心原性の心停止に市民がAEDで除細動をした場合、1カ月後の社会復帰率は45%程度まで高くなる。しかし市民救助がなければ、1カ月後の社会復帰率は3.4%とされる。目の前の人に救いの手を差し伸べることは、自らも蘇生される可能性を高めることにつながっていくのである。どうにか蘇生処置を行えるよう心理的ハードルを下げる試みはあって然るべきだが、あえてハードルを上げるような情報、しかも誤情報を拡散するのは何のためにもならない。

我々にはテレビ局ほどの影響力はないので、粛々と一次救命処置を一般市民に広げていくしかない。人をたくさん呼ぶと、女性がいる可能性が高まり、救助に加わってもらえば男性としてはありがたいことになるだろう。また、人がたくさん集まれば、野次馬の目に晒されることがないように協力者で囲んで、通称「人の壁」をつくることもできる。野次馬の目から遠ざけることもやろうと思えばできるのである。より安全な社会に向けて、ABEMAから前向きな情報が出ることを願う。

【参考文献】

Kramer CE, et al:Resuscitation. 2015;86:82-7.

薬師寺泰匡(薬師寺慈恵病院院長)[救命処置AED

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