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(25)整形外科学[特集:臨床医学の展望]

No.4740 (2015年02月28日発行) P.117

越智光夫 (広島大学大学院医歯薬保健学研究院整形外科学教授)

安達伸生 (広島大学大学院医歯薬保健学研究院整形外科学 准教授)

砂川 融 (広島大学大学院医歯薬保健学研究院上肢機能解析制御科学 教授)

田中信弘 (広島大学大学院医歯薬保健学研究院整形外科学 診療准教授)

登録日: 2016-09-01

最終更新日: 2017-04-11

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  • ■ロコモティブシンドローム(運動器症候群)の予防と治療

    世界保健統計2014(2012年の統計)によると,わが国はWHO加盟国の中で世界一の長寿国であり,平均寿命は,女性が世界最長で87.0歳,男性が80.0歳で世界第8位である。健康上の問題で日常生活が制限されず,家族などの手を借りることなく暮らせる年数である健康寿命も,2000年時点で,女性73.6歳,男性70.4歳と世界最高水準にあり,年々延びている。しかし,平均寿命との間には10歳前後の開きがあり,その期間は支援や介護を受けていることになる。
    「ロコモティブシンドローム」は,運動器の障害のために移動機能の低下をきたし,介護を受けるリスクの高い状態である。和名では「運動器症候群」,略して「ロコモ」と表され,「メタボ」や「認知症」と並び,「健康寿命の短縮」や「寝たきりや要介護状態」の3大要因のひとつになっている。 2013年から新たにスタートした「健康日本21(第2次)」では,ロコモに対する国民の認知度を10年間で80%にすることで運動器疾患を予防し,健康寿命を延伸することをめざしている。認知度は2012年17.3%,2013年26.6%,2014年36.1%と少しずつ増加している。
    ロコモの原因は,骨(骨折,骨粗鬆症),関節軟骨/椎間板(変形性関節症,変形性脊椎症),筋肉/神経系(サルコぺニア,神経障害)などの運動器の障害であり,疼痛,関節可動域制限,筋力低下,バランス能力低下により,移動能力の低下(歩行障害)が出現する。
    本稿では,これらの運動器の障害に対する最近の予防・治療戦略として,「再生医療」,「画像診断技術」,「手術機器」の3つのトピックについて,膝,手,脊椎の各診療班のチーフが概説する。

    TOPIC 1

    培養軟骨移植(JACC)の保険適用による軟骨治療戦略の変革期

    関節軟骨は長年の荷重に耐えうる解剖学的特徴を有するが,いったん損傷されると非常に自己修復能に乏しい組織である。部分的な関節軟骨損傷は,1回の外力やオーバーユースなどの外傷や離断性骨軟骨炎などの疾患により生じ,損傷されると治癒に至ることなく継時的に進行し,最終的には広範囲な変形性関節症へと進展する。変形性関節症では疼痛や可動域制限などのため,患者の日常生活動作での支障が大きく,特に若年者に発症した場合は治療に難渋する。
    現在まで,部分的な関節軟骨欠損に対しては種々の治療法が行われてきた。手術手技としてはドリリングやマイクロフラクチュアなどの骨髄細胞を損傷部へ誘導しようとする方法,骨軟骨柱移植などが行われてきた。ドリリングやマイクロフラクチュアは手技が簡便であり,関節鏡視下に行えるという利点がある。しかし,軟骨損傷部はいったん細胞外基質の豊富な硝子軟骨様組織にて修復されるが,本法による修復組織は,生化学的あるいは生体力学的に正常の硝子軟骨とは異なっていることが知られている。骨軟骨移植では軟骨損傷部は移植された硝子軟骨とその間隙から再生した線維性軟骨との複合体により修復される。自家骨軟骨柱による修復であるため骨癒合も良好で,リハビリテーションも比較的早く可能であること,治療費が安価であることなどの利点を有する。問題点としては,軟骨欠損部が大きい場合には,技術的に関節軟骨表面の形状を正確に再現することは困難であることが多いことや,また骨軟骨柱を多数採取しなくてはならない症例では骨軟骨柱採取部位の影響も懸念される。関節軟骨修復は現在の進んだ医療技術をもってしても,本来の硝子軟骨での修復は困難であり,整形外科医にとって大きな課題であった。
    近年,自身の細胞や組織を用いて失われた組織や臓器を再生し治療しようとする再生医療の研究が進んでいる。自己治癒能力に乏しい関節軟骨損傷は再生医療の大きなターゲットのひとつである。関節軟骨に対する再生医療は他の再生医療分野と比較しても早くから臨床応用された分野であり,海外では多くのベンチャー企業も参画し進歩してきたが,日本における臨床応用は非常に遅れていた。 筆者らは難治性の関節軟骨欠損に対して,自家軟骨細胞を使用し組織工学的手法を用いて生体外にて作製した軟骨様組織を移植する方法を世界に先駆けて行ってきた。三次元培養を行うことにより,軟骨細胞はその細胞形質を失うことなくコラーゲンゲル内で増殖し,軟骨細胞に特有の細胞外基質を産生し,最終的には軟骨様組織が作製される。この生体外で作製した軟骨様組織を軟骨欠損部に移植するものである。1996年より臨床応用を開始し,術後5年以上(平均8.3年)の中期臨床成績も良好であった。術後移植部位は徐々に硬度を増し,正常軟骨様の硬度となることを確認している。また,一部の患者から採取した組織では再生組織は硝子軟骨様であった1)〜3)
    培養軟骨移植術は,株式会社ジャパン・ティッシュ・エンジニアリング(J-TEC,愛知県蒲郡市)に技術移転された。この培養軟骨移植はジャック®(JACC®)として製品化され,培養軟骨に関する日本初の臨床治験を経て2013年4月保険収載された。つまり,軟骨再生医療が実際に一般の臨床の場で行われることが可能となり,関節軟骨修復治療は大きな変革期を迎えたのである。ジャック®(JACC®)の適応は「膝関節における外傷性軟骨欠損症および離断性骨軟骨炎(変形性膝関節症を除く),ただしほかに治療法がなく,軟骨欠損面積が4cm2以上」である。現在まで4cm2以上の大きな軟骨欠損に対しては,ドリリングなどにより線維軟骨での修復を図るか,あるいは健常骨軟骨を大きく犠牲にして骨軟骨柱移植を行わざるを得なかったが,再生医療という大きな選択肢が加わったことになる。今後,多くの施設で本術式が行われ,その臨床成績が報告されるようになれば,手術手技の向上や適応の明確化などが明らかとなり,他の治療法との適応の最適化を通して,関節軟骨修復が大きく進展することを期待している。

    【文献】
    1) Ochi M, et al:J Bone Joint Surg Br. 2002;84(4): 571-8.
    2) Takazawa K, et al:J Orthop Sci. 2012;17(4): 413-24.
    3) Adachi N, et al:Knee Surg Sports Traumatol Arthrosc. 2014;22(6):1241-8.
    (安達伸生)

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