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第3章-4:小児の除菌治療方法と対象疾患

登録日:
2020-10-13
最終更新日:
2020-10-16

「小児ガイドライン2018」の対象は15歳以下(通常,中学生まで)の小児である。

基本的に,ピロリ菌の関連疾患が証明された小児に対して除菌療法を行う。

除菌療法の保険適用に関して,「小児に対する安全性は確立していない」とされていることを念頭に置く。

クラリスロマイシン耐性による一次除菌率の低下への対応として,特にクラリスロマイシン感受性試験の結果に基づき,3剤療法を選択することが望ましい。

自治体などで一律に,胃癌予防のために無症状の小児にピロリ菌検査と陽性者の除菌(test and treat)を「行わないこと」を推奨する。

胃癌の家族歴(1ないし2親等)を有するなどでtest and treatを希望する場合,個々にその実施を考慮する。

小児期ピロリ感染の病態・病理

ピロリ菌の感染の多くは小児期,特に乳幼児期に成立します。わが国の健常小児のピロリ菌感染率は,最近の調査では約2%に低下しています1)
ピロリ菌に感染している小児のほとんどは無症状です。
小児のピロリ菌による慢性胃炎は胃前庭部優位です2)。また,組織学的にリンパ球浸潤が主体で,リンパ濾胞形成が目立つ傾向があります2,3)
ピロリ菌に感染している学童において,前癌病変として有意な萎縮や腸上皮化生はみられません2,4)
ピロリ菌感染を有する小児(慢性胃炎)の胃酸分泌は正常で5),重度の胃粘膜萎縮がないことを示しています。一方で,十二指腸潰瘍の小児の胃酸分泌は亢進します。

小児にみられるピロリ関連疾患

結節性胃炎はピロリ菌による小児期の慢性胃炎の典型像で,ピロリ菌の陽性率(感染率)はほぼ100%です(表16)。結節性胃炎は内視鏡的に胃前庭部を主体とする小結節が特徴的で,その本態はリンパ濾胞です。


小児の胃潰瘍は少なく,ピロリ菌の陽性率は44%と低率です6)。特に,慢性胃潰瘍は稀で,発症には一定の感染期間(経過)が必要です。
わが国における小児の十二指腸潰瘍のピロリ菌陽性率は約80%で6)ピロリ菌が主因です6,7)
小児のピロリ菌による胃癌の報告は,ほとんどありません8)
ピロリ菌による鉄欠乏性貧血は,特に中学生や高校生に多くみられます。その発生機序は解明されていませんが,ピロリ菌がヒトから鉄イオンを奪取しているとの仮説が有力です9,10)。最近,鉄欠乏性貧血関連遺伝子として,ピロリ菌のsabA遺伝子が同定されました10)
小児の慢性特発性血小板減少性紫斑病(ITP)とピロリ感染の関連性が報告されています8)。症例によりますが,除菌による改善・治癒が期待されます。

除菌の適応疾患については,改訂された日本小児栄養消化器肝臓学会の「小児期ヘリコバクター・ピロリ感染症の診療と管理ガイドライン2018(改訂2版)」11)(以下,「小児ガイドライン2018」)が参考になります。
「小児ガイドライン2018」11)の対象は,15歳以下の小児,通常,中学生までです。
「小児ガイドライン2018」は,ピロリ菌陽性の7疾患を除菌療法の適応としました(表211)

主な対象疾患11)

初発・再発を問わず,ピロリ菌陽性の胃潰瘍および十二指腸潰瘍は除菌治療が第一選択です。
消化器症状に対する内視鏡検査で潰瘍病変が認められなかった場合,除菌療法は組織学的な「慢性胃炎」には考慮,「胃粘膜萎縮」に対しては推奨されます。
鉄欠乏性貧血は再発を繰り返す場合,あるいは鉄補充療法に抵抗する場合,ピロリ菌が陽性であれば除菌を行います。その際,消化管出血の有無を確認する必要があります。
小児の慢性ITPにおいて,ピロリ菌感染が証明されれば,まず除菌療法を行うことが推奨されます。

成人のMaastrich V/Florence Consensus Report12)においても,胃癌予防のために,成人のどの時期にピロリ菌検査と陽性者の除菌(test and treat)を実施すべきかについては,意見が分かれています。

海外のガイドラインにおける小児の位置づけ

北米および欧州小児栄養消化器肝臓学会の合同ガイドライン8)は,胃癌予防のための無症状の小児に対するtest and treatに明確に反対しています。その理由は,「エビデンスがない」からです。

日本における無症状の小児の取り扱い

「小児ガイドライン2018」11)は,胃癌予防のため,自治体などで一律に行う無症状の小児に対するtest and treatをしないことを推奨しました。
小児に対するtest and treatは明らかな「医療介入」なので,その実施には確固たるエビデンスが必須です。しかし,test and treatの対象を小児に拡大することを支持するエビデンスはありません。日本が胃癌のハイリスク国であることも念頭に議論されましたが,海外のガイドライン8)と同様に,「エビデンス(裏づけ)がない行為(test and treat)は行うべきではない」と結論され,学会として「根拠のない介入」に強い懸念を表明しました。無症状の小児に対するtest and treatは,倫理的な問題もはらんでいます。
「小児ガイドライン2018」11)では,小児のtest and treatに対する将来的な見通しについても議論されました。小児期において,①ピロリ菌による重度の胃粘膜萎縮は稀2,4)であり,②ピロリ菌による胃癌の報告はほとんどありません8)。基本的に,小児期は胃癌リスクを有しないと考えられます。さらに,③ピロリ菌感染は小児期のアレルギー疾患の発症を抑制することが指摘され13),無症状の小児の除菌は負の効果をもたらす可能性があります。
除菌による年齢別の胃癌予防効果は,40~49歳では男性が93%,女性が98%,そして40歳未満ではほぼ100%で予防できると推定されており14),最近,これを支持する直接的データも公表されました15)。したがって,20歳以上の成人に対するtest and treatで問題ありません。
一方で,「小児ガイドライン2018」11)は,胃癌の家族歴(1ないし2親等)などでtest and treatを希望する場合は,主治医の責任においてその実施を考慮する,としました。
除菌を受けた成人の再感染予防のために,無症状の感染小児は除菌をすべきではありません。同居する小児は再感染のリスクではないからです11)

除菌療法の保険適用に年齢の制約は設けられていませんが,「小児に対する安全性は確立していない」とされています。

望ましい一次除菌法

プロトンポンプ阻害薬と2種類の抗菌薬(アモキシシリンとクラリスロマイシン)を併用する3剤療法(PAC療法)(表311)による除菌率は70~80%前後で,除菌率の低下が問題となっています。


除菌率低下の主因はピロリ菌のクラリスロマイシン耐性です。日本の小児では分離株の耐性率は30%以上です16,17)
したがって,「小児ガイドライン2018」11)は一次除菌法に関して,可能な限り分離菌の抗菌薬感受性試験を行い,感受性のある抗菌薬を用いた3剤療法(tailored therapy)を推奨しました。すなわち,クラリスロマイシン感受性ないし抗菌薬感受性が不明である場合はPAC療法,クラリスロマイシン耐性の場合は,クラリスロマイシンをメトロニダゾールに変更した3剤療法(PAM療法)を推奨しました。
すべての薬剤は分2投与で,投与期間は7日間を原則とします。
プロトンポンプ阻害薬のランソプラゾールやエソメプラゾールは腸溶顆粒包埋のカプセル製剤であるため,カプセルを外して腸溶顆粒として,またOD錠も理論上軽く粉砕して投与できます。一方,腸溶錠のオメプラゾールやラベプラゾールは粉砕投与により失活するため,錠剤を服用できる小・中学生が主な対象となります。
日本の小児において,PAC療法による副作用の発生率は約14%ですが,現在のところ,重篤な副作用は報告されていません16)。PAM療法も短期的な安全性は問題ないと考えられます16)が,中長期的な安全性は十分に検討されていません。
プロトンポンプ阻害薬に代わるボノプラザン(P-CAB)を用いる除菌法に関して,小児における有効性や安全性は十分に検討されていません。

小児の二次・三次除菌法

クラリスロマイシン耐性株に対しては,PAM療法が推奨されます11)
PAM療法による一次除菌の失敗,あるいは二次除菌の失敗に対する除菌法に関して,小児での報告は少ないため,個別に検討することとしました11)
抗菌薬としてミノサイクリン,レボフロキサシンおよびファロペネムを用いるレジメンについては,小児のデータが少なく,有効性や安全性は不明です。


文 献
1) Okuda M, et al:Helicobacter 20(2):133-138, 2015.
2) Kato S, et al:Dig Dis Sci 51(1):99-104, 2006.
3) Kato S, et al:Pediatrics 100(1):E3, 1997.
4) Kato S, et al:Helicobacter 13(4):278-281, 2008.
5) Kato S, et al:Helicobacter 9(2):100-105, 2004.
6) Kato S, et al:J Gastroenterol 39(8):734-738, 2004.
7) Macarthur C, et al:JAMA 273(9):729-734, 1995.
8) Jones NL, et al:J Pediatr Gastroenterol Nutr 64(6):991-1003, 2017.
9) DuBois S, et al:Am J Gastroenterol 100(2):453-459, 2005.
10) Kato S, et al:PLoS One 12(8):e0184046, 2017.
11) 日本小児栄養消化器肝臓学会:小児期ヘリコバクター・ピロリ感染症の診療と管理ガイドライン2018 (改訂2版).
http://www.jspghan.org/guide/doc/helicobacter_guideline2018.pdf
12) Malfertheiner P, et al:Gut 66(1):6-30, 2017.
13) Lionetti E, et al:World J Gastroenterol 20(46):17635-17647, 2014.
14) Asaka M, et al:Helicobacter 15(6):486-490, 2010.
15) Zhang X, et al:Gastroenterology 155(2):347-354, 2018.
16) Kato S, et al:J Gastroenterol 39(9):838-843, 2004.
17) Kato S, et al:Pediatr Int 52(2):187-190, 2010.

加藤晴一

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