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鈴木貞夫

登録日:
2021-01-15
最終更新日:
2024-12-09
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  • 「非感染性・慢性疾患の疫学者が語る『研究者と雑誌の倫理観と責任』」

    反ワクチン的な内容が多く投稿されるX(旧Twitter)であるが、11月3日号の週刊誌サンデー毎日の「緊急提言③ 新型コロナワクチンとは何かを改めて問う 日本人の超過死亡の原因を探る」の記事が一部引用されたものがあった。目を疑うような内容だったので、購入の上、内容を確認した。記事の非科学性と非倫理性について指摘し、問題があることを明確にしておきたい。

    最も大きい問題は、中盤の「がんが増えている」の内容が、7月にCureusより撤回された「宜保論文1)」に準拠しているということだ。著者らが撤回を不当と考えたり、賛同者らが撤回を陰謀と考えたりすることは自由だとしても、学術誌ではないとはいえ、雑誌が撤回論文をそのままの形で論拠にするのは問題だ。また、宜保論文が撤回されたという重大な事実が誌面のどこにも書いてないことは、きわめてアンフェアであり、これはもう隠蔽と言われたとしても仕方ないレベルだろう。

    具体的問題点としては、乳癌が増えたがんとして名前が挙がっていることである。ワクチン開始後の2021年から目立って超過死亡が認められたがんとして、白血病や卵巣癌を挙げた後、「2022年にはそこに乳癌が加わった」と記載がある。宜保論文の超過死亡は、2010〜19年までのデータに基づいた回帰曲線からの有意な上方逸脱として定義されている。乳癌死亡については、2020、21年と減少して回帰曲線を有意に割り込んだ後、2022年に増加したものの、回帰曲線上に戻ってきた程度で、有意な上方逸脱(超過死亡)は、どこにも観察されていない。このような恣意的な方法で判断されている乳癌の超過死亡は、プレプリントの頃から指摘されていたものだ。

    がん以外でも問題がある。記事では、ワクチン開始後の超過死亡がヨーロッパ全土に広がっており、ワクチン接種の少ないブルガリアでは死亡者数が減っているとしている。しかし、ブルガリアはコロナ死亡率が世界第2位で(ここに低接種率は関連しているだろう)、おびただしい数の死亡があった国だ。コロナに限らず、大量死亡による死亡の前倒し現象があれば、その後しばらく死亡者数が減少したとしても何の不思議もない。少なくとも、これを無視して、いきなりワクチンと関連づけるのは間違っている。

    繰り返すが、撤回論文の著者(宜保美紀氏、小島勢二名大名誉教授)が、撤回論文について、撤回がなかったかのように発言することは、倫理的に間違っており、責任が生じるというのが私の考えだ。週刊誌が論文撤回に触れず、内容が正しいかのように報道することについては、撤回を知らなかったとしたら、あまりにアンテナの感度が低く、この問題を語る資格がないように思う。逆に知っていて書いたとしたら、論文撤回の深刻さを知らないのか、それを承知して記事にしたことになる。いずれにせよ、リスクコミュニケーション上、きわめて不適切であることは確かで、その責任は自覚すべきである。

    【文献】

    1)Gibo M, et al:Cureus. 2024;16(4):e57860.

    鈴木貞夫(名古屋市立大学大学院医学研究科公衆衛生学分野教授)[撤回論文][リスクコミュニケーション][週刊誌]

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