1 新型コロナ後遺症とは
英国国家統計局などは,新型コロナウイルス感染症(COVID-19)罹患後,10人に1人が何らかの後遺症を発症するとしている。
新型コロナ後遺症には集中治療後症候群(PICS)や重症のCOVID-19に伴う臓器の長期的障害も含まれる。しかし,日本のCOVID-19感染では,急性期は軽症であることが圧倒的に多いため,一般の内科外来でこれらを実際に診察することは少ない。実数として多いと考えられるのは,それら以外の後遺症である。
2 症状
ほとんどの患者が「倦怠感」を訴えている。「洗髪だけで1日寝込む」「症状が重いときは,指1本動かすことすらできない」等の,非常に強い倦怠感を訴えていることも多い。頭に霧がかかったようになる“ブレインフォグ”もよくみられ,就業の妨げになる。また,多彩な症状が,もぐらたたきのように出たり消えたりするのも特徴のひとつである。
3 検査
・胸部X線
・心電図
・心臓関連検査(高感度トロポニン,BNP,心エコー)
・甲状腺機能検査
・抗核抗体などの膠原病関連検査
・電解質検査(亜鉛,銅,カリウムなど)
・そのほか,症状に応じた検査
4 治療
・生活療法(特に運動制限が必要となることが多い。安易で無計画な運動療法は禁忌)
・患者が自らの状態をよく観察しながらペースを調整する「ペーシング」が大切
・上咽頭擦過療法
・漢方
・制酸薬
・亜鉛
・抗不安薬,抗うつ薬
・分岐鎖アミノ酸(BCAA)製剤,プロテイン
5 予後
直接生命を脅かすことはなくても,不適切な対応で患者の自死をまねく可能性がある。
伝えたいこと…
患者の多くが周囲の無理解に悩み,重い症状だけでなく,孤独感とも戦うことを余儀なくされている。
新型コロナ後遺症の病態はあまり馴染みがなく,難しく感じるかもしれないが,検査・治療自体は決して難しいことはない。上咽頭擦過療法を行っている耳鼻咽喉科のクリニックなど,地域の医療資源を正しく使うことで,十分に症状の改善が可能である。
医療者側が正しく新型コロナ後遺症を知り,適切に支えることで,患者のQOLを大幅に改善することが可能である。「わからないから」と敬遠することなく,対応をお願いしたい。
新型コロナウイルス感染症(COVID-19)罹患後,様々な症状が,長期間続くことが多く報告されている。日本では,それらは「新型コロナ後遺症」という呼び名でほぼ統一されているが,海外においては,“Post-acute COVID-19 syndrome(急性期後COVID-19症候群)”,“Post-acute COVID-19 condition(急性期後COVID-19状態)”,“Post-COVID Conditions(COVID後状態)”,“Long COVID(長期COVID)”,“Long haulers〔(COVID-19の)長距離運送業者〕”など,様々な呼び名が乱立している。
新型コロナ後遺症について調査した論文は多数あるが,その発症率については,101)~882)%とかなりの開きがみられる。原因としては,母集団の違い(「症状に関係なく,PCR検査で陽性となった人」が対象であったり,「COVID-19で入院した患者」が対象であったりすること),設問内容の違いなどが考えられるほか,地域差もあるかもしれない。
新型コロナ後遺症というと,集中治療後症候群(post-intensive care syndrome:PICS)や重症のCOVID-19に伴う臓器の長期的障害も含まれる。しかし,日本のCO VID-19感染では,急性期は軽症であることが圧倒的に多いため,一般の内科外来でこれらを実際に診察することは少ない。筆者はPICSや重症COVID-19に伴う長期的臓器障害については十分な経験を有さないため,本稿ではそれらを除く新型コロナ後遺症について述べるものとする。
新型コロナ後遺症の症状は非常に多岐にわたっており,205もの症状を列挙している論文もある3)。また,様々な症状が出たり消えたりすることから,「もぐらたたき(whack-a-mole)」と表現されることもある。当院で統計を取っている代表的な症状について,有症状率を表1に示す。また,当院での新型コロナ後遺症患者におけるCOVID-19関連検査の陽性数を表2に示す。表1の症状のほかにも,めまい,筋肉のピクつき(線維束性収縮),皮疹,羞明,音過敏,月経不順,無月経,睾丸痛,性欲減退など,多彩な症状がみられる。
この中でも特記すべき症状は,やはり「倦怠感」である。当院の統計でも93.7%とかなりの頻度でみられるが,驚くべきはその頻度だけでなく,重症度である。「洗髪だけで1日寝込む」「近所のスーパーに行っただけで,翌日は動くことができない」「症状が重いときは,指1本動かすこともできない」「全身に鉛を背負ったようなだるさ」といった,かなり激しい易疲労感や倦怠感を呈することは決してめずらしくはない。
当院の調査でも,多くの患者がこの倦怠感により,休職や解雇・退職に追い込まれているという実態が判明している。現在休職中の方々も,休職の開始から3~6カ月後に復職できなければ解雇となってしまうようなケースが多いので,今後,新型コロナ後遺症を原因とする解雇が社会問題となる可能性は高い。休みながらなんとか働いている方,在宅での勤務にしてもらってなんとか働いている方などを加えると,実に労働者の65.9%が何らかの形で労働に影響を受けている(表3)。
このような激しい倦怠感は,筋痛性脳脊髄炎/慢性疲労症候群(myalgic encephalomyelitis:ME/chronic fatigue syndrome:CFS)でもよくみられるものである。実際に,新型コロナ後遺症患者のうち,倦怠感の重篤な方は,ME/CFSの診断基準を満たしていることがよくある。
ME/CFSのhallmark(顕著な特徴)とされているのは,労作後倦怠感(post-exertional malaise:PEM)である。PEMは,“身体的または精神的労作の5~72時間後に強い倦怠感または痛みなどの症状が出現する”状態を指す。
PEMがみられる新型コロナ後遺症患者では,負荷がかかる生活を続けることで,容易に寝たきりに近い状態に追い込まれてしまうことがよくある。PEMは労作のたびにみられるわけではなく,「普段は労作直後に倦怠感が現れることが多いが,ときどきPEMがみられる」という患者も多い。また,「当初はPEMがみられなかったが,無理を続けているうちにPEMが出てくるようになってしまった」という患者もよくみられる。
もう1つ,就業を阻むことの多い症状が「思考力の低下」である。周辺症状として「記憶力の低下」「字を読んでも頭に入らない」「単語がなかなか出てこない」「画面や文字を見るのがきつい」などがあり,“頭に霧がかかったようになる”ことから,“ブレインフォグ”とも呼ばれている。特にデスクワーク中心の患者などは,「頭が正常に動かないため,仕事に戻れない」と訴えることが非常に多い。このブレインフォグもME/CFSで非常によくみられる症状である。
PICSや臓器障害を除く新型コロナ後遺症では,その症状によって命が脅かされることはほとんどない。しかし,その症状によって生活基盤を破壊されてしまうことがよくあるため,新型コロナ後遺症外来の最大のミッションは「患者をME/CFSに移行させず,症状を改善させ,生活を守ること」であると考える。
初診時に行っておくべき検査はいくつかある。症状別の検査を以下に示す。
咳や胸痛がみられる場合には,念のため胸部X線や心電図をとっておくことが望ましい。実際に異常があることは多くないが,ホテル療養や自宅療養で検査を何も受けないまま療養解除となっている患者も多いため,検査をすることで患者の安心を得られることも多い。
そのほか,海外ではCOVID-19罹患後の心筋障害・心筋炎が報告されているため4)5),胸部症状があれば心臓の障害などを除外する目的で,高感度トロポニン検査,脳性ナトリウム利尿ペプチド(brain natriuretic peptide:BNP)の測定,心臓超音波検査を実施しておくことが望ましい。また,血栓症の除外のためにDダイマーの測定も,必要に応じて行う。
新型コロナ後遺症に多い倦怠感,発熱,身体の疼痛などの症状があれば,甲状腺機能異常,膠原病などを鑑別する必要がある。甲状腺ホルモン,抗核抗体などの検査を行い,異常があればさらに詳細な検査を行う。
以前から,亜鉛不足に伴って味覚・嗅覚障害,頭髪の脱毛,食欲不振,下痢などが知られている6)。新型コロナ後遺症では多くの患者で血液検査上,亜鉛の低値が認められる。亜鉛の補充で症状の改善がみられることも多いため,測定は必須であると考える。また,付随して銅などの電解質異常を認めることも少なくないほか,漢方などを投与するのであればカリウム値を継続的に測定する必要があるため,電解質チェックが大切になることは多い。
そのほか,症状に応じて,他疾患の鑑別のための検査を行うことも必要である。
新型コロナ後遺症の治療において,最も大切で,また最も間違えられやすいのが生活療法である。
多くの疾患において,運動療法は副作用がなく,安心して勧めることのできる生活療法のひとつである。そのため,医療者は気軽に運動療法を勧めてしまいがちだが,新型コロナ後遺症の診療においては,安易で無計画な運動療法は禁忌であると言ってよい。
ここでは,新型コロナ後遺症と非常に近い病態を示すME/CFSに対しての運動療法について紹介した上で,ME/CFSについてあまり詳しくない医療者でも導入しやすい生活療法の指導法について説明する。
ME/CFSに対しての運動療法は,患者の(他者からは予測が非常に難しい)限界を超えた際,容易に寝たきり状態に移行しやすくなるなど,不利益が非常に大きい。そのことから,患者団体などからかなり強い批判にさらされてきた。また,英国国立医療技術評価機構(National Institute for Health and Care Excellence:NICE)も,新しいME/CFSのガイドライン案では,段階的運動療法を推奨から外している。
新型コロナ後遺症の患者は,ME/CFSと非常によく似た病態を示すことが多い。そのため,運動がきわめて大きな害を与えた事例も,多くみられる。当院でも数十人の患者が,散歩後に寝たきり状態に追い込まれた。
英国より“リハビリを積極的に勧めるべき”という趣旨の論文が発表されている7)が,運動プログラムの決定の仕方等が示されておらず,鵜吞みにするのは非常に危険である。特にME/CFSについてよく知らない医療者が運動プログラムを作成した場合,患者の健康を著しく害して,恨まれることになりかねない。
運動療法よりも患者に受け入れられており,非専門医でも導入しやすく安全なのが,患者が自らの状態をよく観察しながらペースを調整する「ペーシング」である。
当院では,「だるくなることを絶対にしない」ということを繰り返し患者に伝え,「自分のペースで,だるくならない範囲で,身の回りのことをする」のを推奨している。治療で症状が改善している際は,「このくらいであれば,だるくならないだろう」という課題を患者自身に設定して頂き,2週間継続して,だるくならなかったら負荷を少し増やす,ということを繰り返して頂く。「危ない」と感じたら,直ちに横になって休んで頂くことで,害を限りなく少なくすることができる。散歩など,屋外の運動が危険なのは,この「直ちに横になる」ができないためである。
ペーシングは運動だけに限らず,ブレインフォグ対策としても非常に大切である。たとえばパソコンやスマートフォンを限界まで使用させないようにし,また,だるくならないようにペースの調整をしてもらうことで,脳の疲労を抑えることができる。脳の疲労を抑えることで,身体的な疲労を抑えることにもなり,患者の日常生活動作(activities of daily living:ADL)を保つことにもつながる。
生活療法の指導のコツは,調子がいい日に「調子がいいから」とやることを増やすのを禁止することである。理由は,患者が自らの限界を見誤り,結果的に無理をすることになって,状態が悪化するからである。
新型コロナ後遺症では,慢性上咽頭炎がかなり高頻度にみられるため,同部に対する局所療法である上咽頭擦過療法(epipharyngeal abrasive therapy:EAT)がきわめて有効であった事例を,多く経験している。注意すべきは,鼻炎症状や咽喉頭に自覚症状がないにもかかわらず,重度の慢性上咽頭炎を認めることが少なくないことである。
また,新型コロナ後遺症患者に限らず,慢性上咽頭炎は,通常光を用いた鼻咽喉内視鏡検査では一見粘膜が正常に見える場合がある。しかし,帯域制限光を用いると慢性上咽頭炎に伴う所見が得られる。このような場合では,EATを行うことで十分な効果を得られることが報告されている8)9)。EATは安全性がかなり高く,また医療費的にも安価な治療である。そのため,帯域制限光が使用できない場合においては,鼻咽喉に症状がなくても一見粘膜が正常に見えても,新型コロナ後遺症の患者に対してはまずEATを試行し,出血や長引く疼痛がみられる場合には治療を継続することを強く推奨したい。
筆者が新型コロナ後遺症患者に処方している薬剤は,以下の通りである。
新型コロナ後遺症の諸症状に対して,証(患者の性質や状態)をもとに処方することが可能な漢方は,非常に有用な治療法となりうる。当院でも様々な漢方薬を用いて症状の緩和に役立てている。
倦怠感,咳,呼吸苦,動悸感は,胃食道逆流症に対する厳密な生活療法に,プロトンポンプ阻害薬(proton pump inhibitor:PPI)などの制酸薬を組み合わせることで,改善することが少なくない。中途半端な生活療法と制酸薬の投与ではほとんど効果がないことも多いため,注意を要する。
前述の通り,亜鉛が不足している患者においては,亜鉛を補充することで倦怠感,味覚・嗅覚障害,脱毛等の症状が改善することがある。
一部の患者では,抗不安薬や抗うつ薬が有効な場合がある。ただし,たとえ有効であった場合でも,患者の症状を「すべて精神由来のものである」と決めつけるような態度は,信頼関係が崩れ,その後の治療継続を困難にしかねないため,厳に慎むべきと考える。
倦怠感,線維束性収縮といった症状に対し,市販の分岐鎖アミノ酸(branched chain amino acids:BCAA)製剤やプロテインを摂取してもらうことで,症状の改善を認めた事例を,多く経験した。副作用もほぼなく,安価でもあることから,試してみる価値は十分にあると考えている。
上記のような治療によって症状の改善が認められることは少なくないが,症状が完全な消失に至る例は決して多くない。ただし,罹病期間が短ければ短いほど,治療の効果が上がりやすい印象がある。逆に言えば,罹病期間が長くなると,やや治療に難渋することが多いようだ。
前述の通り,PICSや臓器障害を除く新型コロナ後遺症では,その症状によって命が脅かされることはほとんどない。しかし,症状のつらさから「自死」を考える患者は決して少なくない。実際に,多くの大病院を受診してまわっても各所にて鼻で笑われるような対応を受け,希死念慮を抱えた状態で当院を受診されたが,間もなく自死された患者の事例を,筆者は経験している。
今も患者からは「信頼していたかかりつけ医に,新型コロナ後遺症について相談したところ,邪険に扱われてしまって絶望した」「大病院の医師に,『精神科に行け』と鼻で笑われてしまった」といった相談を毎日のように受けている。
ぜひ先生方には,新型コロナ後遺症についての正しい知識を取り入れて,患者を救って頂きたい,と熱望している。
【文献】
1)Office for National Statistics:The prevalence of long COVID symptoms and COVID-19 complications.
[https://www.ons.gov.uk/news/statementsandletters/theprevalenceoflongcovidsymptomsandcovid19complications]
2)Carfi A, et al:JAMA. 2020;324(6):603-5.
3)Davis HE, et al:Characterizing Long COVID in an International Cohort;7 Months of Symptoms and Their Impact.
[https://www.medrxiv.org/content/10.1101/2020.12.24.20248802v3.full]
4)Puntmann VO, et al:JAMA Cardiol. 2020;5(11):1265-73.
5)Daniels CJ, et al:JAMA Cardiol. 2021;doi:10.1001/jamacardio.2021.2065.
6)日本臨床栄養学会, 編:亜鉛欠乏症の診療指針2016.
[http://www.jscn.gr.jp/pdf/aen20170613.pdf]
7)Daynes E, et al:Chron Respir Dis. 2021;doi:10.1177/14799731211015691.
8)田中亜矢樹:口腔咽頭科. 2018;31(1):57-67.
9)Mogitate M, et al:Auris Nasus Larynx. 2021;48(3):451-6.