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【識者の眼】「膿瘍切開を説得できなかった、クロワッサンの刺青が入った中国人男性の経験」南谷かおり

No.5009 (2020年04月25日発行) P.64

南谷かおり (りんくう総合医療センター国際診療科部長)

登録日: 2020-04-27

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来日して1年になる20代の中国人留学生が、咽頭痛で近隣の病院から当院の耳鼻科に紹介されてきた。脚には立派な鯉の刺青が彫られており「反社会的勢力」かと疑われたが、左腕にはクロワッサンと右腕には果物の刺青が彫られており、意味を尋ねると両方とも大好物だからということだった。

画像検査で患者の扁桃周囲に膿瘍が認められたため、切開して膿を出すというのが医師の意見であったが、この治療方針を医療通訳が伝えたところ患者は「喉を切るなど想像するだけでも痛くて無理」と言い出した。医師が局所麻酔をすると言っても患者は納得せず、一旦診察室を出て中国の母親に電話して相談していたが、「怖いので到底同意できない」と終始訴えていた。医師からすれば、治療より彼の脚の刺青の方がよっぽど痛かったはずということだったが、患者にとっては異国の病院で身体の一部を切られるという不安を拭い去ることはできず、最終的には中国に帰国して治療することを選んだ。痛みで近医を受診し当院に紹介されたのに、中国で治療となるとさらに時間がかかり痛みは続くわけだが、患者が無保険だったことも関係したと思われる。若いし病院にかかるなど考えてもいなかったのだろうが、予期せぬ病気や事故は起こりえる。説明の仕方によっては患者を説得できたかもしれないが、母語が通じない初対面の医師と短い時間で信頼関係を構築するのは難しく、乗り気でない治療で予想外のことでも起きれば文句を言われる可能性もある。医療通訳者が患者の信頼を得て間を取り持てることもあるが、ある程度の時間を要する。このケースは難しい治療ではなかったにもかかわらず、解決できずに患者が帰ってしまったことは残念だった。 

印象深かったのは刺青だが、ファッションととらえる外国人は多く、そのため絵柄も様々である。日本の銭湯や温泉では刺青の入った人は暴力団のイメージが強くお断りするところが多いが、張り紙も多言語化しなければ外国人には読めないし、また偏見による差別だとも言われかねない。増える外国人に今後どう対応していくのか、これもグローバル化の課題の一つといえるだろう。

南谷かおり(りんくう総合医療センター国際診療科部長)[外国人診療]

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