No.5011 (2020年05月09日発行) P.18
草場鉄周 (日本プライマリ・ケア連合学会理事長、医療法人北海道家庭医療学センター理事長)
登録日: 2020-04-28
最終更新日: 2020-04-28
新型コロナウイルス感染症は世界、日本の社会構造そのものに大きな衝撃を与えているが、日本の医療システムそのものも例外ではないと思う。なかでも、日常よくある健康問題に幅広く対応する総合診療のあり方にも本質的な問いを投げかけている。本格的な検討は流行が沈静化した後に正面から取り組むべきであるが、備忘録的にここにいくつか論点を提示しておきたい。
日本の医療は堅固な公的保険制度の下、保険証1枚でちょっとした風邪でも皮膚のトラブルでも気軽に診療所でも病院でも受診できるという点が一つの特徴で、国民一人あたりの医療機関の利用頻度も多いのが特徴である。ただ、それが生み出す慢性的な医療機関の混雑はまさに3密であり、感染拡大のリスクとなる。現在、医療機関全般に受診控えが続いているが、市販の薬剤を利用したり、症状が改善するまで栄養をとって安静にする対応をとっている市民も多いだろう。逆説的だが、この経験を通じて、すぐに受診せずとも自己治癒力を活かして健康維持に努めるスタイルが浸透するかもしれない。今後は、欧米のように感冒等で頻回に医療機関を受診することが、珍しい行動とみなされる可能性もある。
急速に電話やオンラインを通じた診療が拡大している。筆者も定期受診患者の電話診療を行っているが、確かに慣れない情報収集と治療方針の共有は疲労するし不安もある。ただ、その一方で、言葉を通じた労りの声掛けだけでも患者が非常に安心することも実感する。まだ画面を通じて患者の表情を見るシステムは導入していないが、それがあればさらに満足度は高まるであろう。無論、身体診察や検査を通じて病状の評価が必須な健康問題は直接受診が必須だが、その頻度を減らしながら、電話やオンラインの診療を合間に組み入れていくことは、双方にとって大きなメリットがあることを感じる。今回、時限的な措置で遠隔診療が大胆に緩和されたが、この診療を医療者と患者双方が繰り返し経験することは確実にこれからの対面診療と遠隔診療のバランスを変えていくだろう。となると、対面診療には遠隔診療を超えるメリットが必要となり、医療者が患者と交わすコミュニケーションの質や内容、そしてその価値がより真剣に問われるであろう。
新型コロナウイルスの感染者が全国的に増加する中で、東京などでPCR検査センターが立ち上がり、開業医も含む多くの医療者が真摯に検査態勢の拡充に取り組んでいる。そして、受診にはかかりつけ医の紹介状を必須にしている地域もあるという。従来、公衆衛生的な健康問題には行政、つまり保健所や公的医療機関が主体的に関わるというのが日本の常識で、民間立の医療機関の役割は限定的だった。しかし、今回の危機で、その常識も変わろうとしている。かかりつけ医はまさに新型コロナウイルス感染症についてはゲートキーパーの役割を果たしており、相談から紹介、そして検査に関して実施から結果までの患者のフォローアップに大きな役割を果たしうる。自宅待機中にも電話やネットで相談に乗り、危険な状態であれば救急外来に紹介もできる。かかりつけ医を持たない患者は、従来通りの保健所の電話相談に頼らざるを得ないが、すでに業務はパンク状態であり、自宅待機中に急変して死亡する事例も散見され始めた。このことから、平時より全国民がいずれかのプライマリ・ケア医療機関をかかりつけ医として登録し、緊急時の健康問題のサポートを受けられる体制の重要性が示唆されるだろう。1に示したような頻回受診の場というよりも、危機時のサポートや健康な時の予防的な医療提供も含む場である。健康リスクが高まり、不確実な時代が到来する中、日本の医療の土台をしっかり固める好機と考えても良いかもしれない。
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以上、3点をまとめてみたが、どれも日本の医療提供体制の根幹に関わるテーマであることに気づき、改めて驚きを覚えている。今までは、どちらかというと医療提供者や行政サイドからの制度改革の議論が多く、国民の視点の乏しさを感じることが多かった。しかし、この危機で国民自身が医療のあり方を凝視し、その意味や意義を真剣に考える状況になっていることが何よりも大きい。
感染の危機を日本の医療者、国民が手を携えて乗り越えた先に、より強固で継続性のある医療体制を提供者と受け手が共に作り上げていく近未来に心から期待したい。そのためにも、今起きていることをしっかり見つめ、最善の対応を続けることが必要だと改めて自覚している。
草場鉄周(日本プライマリ・ケア連合学会理事長、医療法人北海道家庭医療学センター理事長)[総合診療/家庭医療]