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【識者の眼】「サイエンス・リテラシーの重要性」垣添忠生

No.5032 (2020年10月03日発行) P.60

垣添忠生 (日本対がん協会会長)

登録日: 2020-09-17

最終更新日: 2020-09-17

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サイエンス・リテラシーという言葉がある。国や地域、個人が意思決定をする際、問題の科学的側面を熟考し、正しい結論に至る能力、あるいは、科学報道を正しく認識する能力ともいえよう。転じて、マスメディアが、科学ニュースとその意義を、正しく分かりやすく提供すること自体も指す。しかしわが国では、マスメディアの科学報道にバラツキが大きく、社会を誤った方向に誘導する可能性すらある。テレビは視聴率、週刊誌は部数を意識して複雑な現象を単純化し、時にセンセーショナルに伝える。新聞も、科学面と社会面で温度差がある。科学の専門記者(ジャーナリスト)が育ちにくい土壌もある気がする。マスメディアの主流は、政治、経済、社会の各部であり、科学部の記者が勉強し人脈もできた頃に異動するケースを見たこともある。

この問題で筆者が強い印象を受けたのは、かつてのHPV(ヒトパピローマウイルス)ワクチンと、現下の新型コロナウイルスの報道である。

HPVワクチンは世界80カ国以上で使われ、わが国も2010年、公費助成でワクチン接種が始まった。ところが、接種後に全身の痛み、歩行困難などの症状を呈する女子が現れ、厚生労働省は「積極的勧奨の一時差し控え」を決定した。結果、70%の接種率が1%以下に激減した。

「ワクチン接種後に健康問題が生じた」ことと、「ワクチンを接種したために健康問題が生じた」ことは、同じ事象を意味せず、大きな差がある。前者はある行為と結果の前後関係を示し、後者はある行為が原因で結果が生じた因果関係を指す。この理解が不十分な、不安を煽るような報道が連日続き、未だに積極的勧奨が再開されていない。先進国では後10年もすると、HPV感染によって生じる子宮頸がんは消失する可能性が高いのに、日本だけが増えてしまうだろう。

コロナに関しても、同じ専門家を連日登場させ、非専門家のコメンテーターが絡む報道が目立つ。未知のウイルスへの見解は専門家の間でも異なるのだから、やや慎重さを欠く。メディアが自粛警察になっている例もある。医療者の子どもが保育園に拒否される、母の日に東京から花を贈ったら「コロナを巻き散らすな」と言われる、などの差別意識の背景には、日本社会特有の排他性や同調圧力と同時に、報道の影響もあるだろう。

科学報道と、それを読み解く国民の間は細い糸で繋がれている。これが切れないためには、メディアと国民の双方に強い努力が求められているのだと思う。

垣添忠生(日本対がん協会会長)[マスメディアの科学報道]

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