No.5050 (2021年02月06日発行) P.72
高橋公太 (新潟大学名誉教授、日本臨床腎移植学会元理事長)
登録日: 2021-01-29
最終更新日: 2021-01-29
臨床医学はある意味では経験医学でもある。自分自身が直に経験したことがない疾患や治療法についてはなかなか理解できない医師は多い。昨今、クリニカルパスや各種ガイドラインが推奨され、EBMに基づいた理論とか、インパクトファクターの高い雑誌に載った論文は高く評価される。一方、統計学的に有意差が出ない実験結果などは無視される。これは一概に誤りと言えないが、これでは将来、人間がAIに勝つことは難しい。今一度、偉大なる哲学者パスカルが言った「人間は考える葦である」という格言を思い出してほしい。
今回パンデミックとなった新型コロナウイルス感染症(COVID-19)について、マスコミを通して、患者数、流行の状況、および予防や検査法については毎日詳細に報告されているが、その治療法は我々医師のところでさえもほとんど情報は伝わってこない。この事実はCOVID-19、特に重篤な新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)間質性肺炎の病態や発症メカニズムが感染症や呼吸器内科の専門医の間でも意見が一致していないことを現している。
確かにSARS-CoV-2にはインフルエンザウイルスのような優れた治療薬はないが、それで嘆き悲しんで諦めてよいのであろうか。臨床医は、その使命として現在ある限られた人材、資源、および過去の先人の業績を最大に生かして、考えて考え抜いたベストな治療法を実践すべきである。
我々団塊世代の移植医は、古典的なアザチオプリンをベースにした免疫抑制療法と、当時としては新薬であったシクロスポリンをベースにした免疫抑制療法との過渡期を過ごした。この免疫抑制薬の変遷により、移植後の感染症の主な病原体は、細菌や真菌からウイルスへと移行した。その検査や抗ウイルス薬は限られていたので、臓器移植や骨髄移植の分野では、1980年代、しばしば重篤なサイトメガロウイルス(CMV)間質性肺炎が発症し、移植臓器は生着するものの、多くの患者の命が失われた。
SARS-CoV-2間質性肺炎はCMV間質性肺炎の病態や臨床経過に極めて酷似している。この病態は、一言でいえば急性免疫介在性炎症性間質性肺炎(acute immune-mediated inflammatory interstitial pneumonitis)である。
世間一般ではCOVID-19はウイルスが増殖する単なる感染症として強調され過ぎて、その病態が間質性肺炎に移行した時に、舞台の主役がウイルスからいつの間にか宿主の生体防御能に代わっていることに気づいていない。ここに治療の重大なボイントが隠されている。詳しくは下記の文献に書いたので、参考にしていただければ幸いである。
【参考文献】
▶高橋公太(編):臓器移植におけるサイトメガロウイルス感染症. 日本医学館, 1997.
▶高橋公太:腎と透析. 2020;89(4):735-43.
▶高橋公太:腎と透析. 2021;90(2).
高橋公太(新潟大学名誉教授、日本臨床腎移植学会元理事長)[新型コロナウイルス感染症]