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【識者の眼】「意思決定における二重過程理論(Dual-Process Theories)」大野 智

No.5092 (2021年11月27日発行) P.59

大野 智 (島根大学医学部附属病院臨床研究センター長)

登録日: 2021-11-01

最終更新日: 2021-11-01

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「あなたは、コップにためた自分の唾液を飲むことができますか?」

先日、ヘルスコミュニケーションをテーマとした講演会に参加した際、演者が聴衆に投げかけた問いである。恐らく、ほとんどの人が「No(飲めない)」と答えるであろう。しかし、唾液は健康な成人で1日1.0〜1.5リットル分泌されおり、その都度飲み込んでいる。なぜ、コップにためた途端、飲めなくなるのか?

この矛盾を説明するにあたって紹介されたのが「二重過程理論」である。人は決断・行動の意思決定をする際に2つのシステムが作動している。それぞれ特徴は以下の通りである。

■システム1:反応システムセット(無意識の反応)

・進化的に古く、動物的、反射的、迅速・自動的・強制的に作動するモジュール群

・主観的、断定思考、木を見て森を見ず、好き嫌いを優先など

・動物、原始人の脳=個人差は小さい

■システム2:分析システムセット(意識的な思考)

・進化的に新しく、人に固有で内省的で作動が遅いモジュール群

・客観的、可能性思考、木を見て森を見て葉を見る、情報や知識を重視など

・個人差は大きい

そして、意思決定の場面ではシステム1の影響が大きく、またシステム1の作動は弾道的=引き金が引かれると動き続ける特徴がある。つまり、冒頭の質問における矛盾は、システム2が「自分の唾液だ」とシステム1を制御しようとしても一度抱いた忌避反応の弾丸は止まることができないと説明される。

この二重過程理論を患者の視点から考えてみる。医師からの説明は、治療効果の統計学的数値、副作用の頻度などシステム2の情報に限られていることが多い。一方で、補完代替療法の宣伝などは、患者の好き嫌い、目先の利益、根源的欲求に訴えかけるなど、システム1を重視していることが多い。そうなると、患者は、西洋医学に基づく標準治療を忌避して、補完代替療法に関心を示してしまう可能性が出てくる。

以前、ある医師から「患者はなぜ医師の説明を無視して、補完代替療法に傾倒するのか?」と質問されたことがあるが、明確に答えることができなかった。だが、今回紹介した二重過程理論で説明ができるのかもしれない。

大野 智(島根大学医学部附属病院臨床研究センター長)[統合医療・補完代替療法

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