No.5114 (2022年04月30日発行) P.58
中村安秀 (公益社団法人日本WHO協会理事長)
登録日: 2022-04-07
最終更新日: 2022-04-07
1990年から1年間、国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)の保健医療担当官として、パキスタン共和国のイスラマバードで勤務した。当時は、ソビエト連邦のアフガニスタン侵攻により、500万人のアフガニスタン人が隣国のパキスタンとイランに難民として避難していた。難民の庇護国であるパキスタン政府と協働し、世界各国から集まった国際NGOと協力して、難民キャンプを巡回して保健医療サービスの提供に努めた。
私が経験した国では、難民の約80%は女性と子どもであった。多くの難民は、最低限の身の回りのものを持つだけで母国を離れることになる。戦争の悲惨な情景を目撃した人も少なくない。外部の医療者に悲惨さを声高に語る少数の人と、じっとこらえて何も語らない多くの難民の人がいた。自分の意志に反して生まれ育った国を離れざるをえず、見知らぬ土地で暮らすことの喪失感は計り知れないものがあった。
第二次世界大戦による多くの難民がいた1951年に、「難民の地位に関する条約」が発効した。難民とは、「迫害を受けるという十分に根拠のあるおそれのために、国籍国の外にあって、かつ国籍国の保護を受けることができない者」と定義された。UNHCR によれば、2020年末で、世界には8240万人の難民がいる。国外に逃れた難民だけでなく、国内避難民や庇護希望者の方々も含まれている。
日本政府は、ウクライナから避難した人に対する手厚い対策を打ち出している。日本医学会連合が、ロシアのウクライナ侵攻直後の3月1日に出した緊急声明で、「故郷を追われた避難民」について言及したことを高く評価したい。今まで日本は難民の受入れに関して非常に冷淡な国として、国際社会から認知されてきたからだ。
本来、人のいのちは出身国や地域によって選別できないはずである。ウクライナだけでなく、紛争や人権侵害を理由に他の国や地域から逃れた方々についても、国際的な基準に沿った難民認定をする必要がある。また、女性や子どもにとっては、教育、医療などの安心できる子育て環境の整備が必須である。私は、今まで外国人の方々に保健医療サービスを提供するときには「差別しない」と同時に「特別扱いしない」ことを心がけてきた。ウクライナからの避難者を含め、日本国内で生活するすべての難民に対する包括的で公平な保護と適切な保健医療が提供されることを強く望みたい。
中村安秀(公益社団法人日本WHO協会理事長)[人権][緊急医療支援][SDGs]