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【識者の眼】「総合診療医の需要はものすごく多い」谷口 恭

No.5137 (2022年10月08日発行) P.64

谷口 恭 (太融寺町谷口医院院長)

登録日: 2022-09-26

最終更新日: 2022-09-26

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「識者」と呼ばれるには力不足だが、都心部の診療所から総合診療医のホンネを述べたい。今回が全12回の第9回目。

僕が総合診療医をめざすことを決めたきっかけは、2002年、研修医1年目の夏休み、タイのエイズ施設で知り合った欧米のGP(general practitioner)達との出会いだった。

「どのような患者のどのような症状も診られるようになりたい」という想いがあれば、今なら卒後直ちに総合診療医をめざせばいいわけだが、僕が卒業する頃にはまだそういう選択肢はなかった。学生の頃から、特定の領域で尊敬する先輩医師は複数いたのだが、完全なロールモデルはいなかった。

僕がエイズ施設を訪れた理由は、エイズとはどのような病で、いったい自分には何ができるのかを知りたい、というもので、わずか1週間の滞在だったがとても勉強になった。しかしそれ以上に「収穫」となったのが、欧米のGP達との出会いだった。

学生の頃から「うちの科ではありません」「専門外で分かりません」という医師の言葉に違和感があった。一方、タイで出会ったGP達は、すべての訴えを聞き、自身で対処できるケアを行い、困難な事例は領域にかかわらず自身で調べ、必要に応じて専門家の意見を聞くよう努めていた。当時のタイではまだ抗HIV薬が使用できず、HIV陽性者はほぼすべての医療機関から拒否されていた。そのため、このような施設で患者に寄り添うGPの存在がものすごく大きかったのだ。

これが医師のあるべき姿ではないか、と感じた僕は、帰国後、残りの研修期間でできるだけ多くの疾患を学ぶことを誓った。研修医期間終了後、再びタイに渡り同じ施設で数カ月のボランティに従事し、GPをめざしたいという気持ちが微塵も変化していないことを確信し、帰国後、母校の大阪市立大学の総合診療部の門を叩いた。

大学で学べることは限られているため、複数の病院や診療所にも勉強に行かせてもらい、そして医局に籍を置きながら開業に至った。タイで欧米のGP達の姿に感銘を受けてから現在に至るまで一貫して感じていることがある。「総合診療医の需要はものすごく多い」というものだ。

当院には開業以来絶えない2つの“主訴”がある。1つは「他のどこでも診てもらえなかった」、もう1つは「複数の疾患を同時に診てほしい」だ。「医師は飽和している」などと感じたことは一度もない。

谷口 恭(太融寺町谷口医院院長)[他では診ない疾患][複数疾患]

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