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【識者の眼】「言葉と真実」関なおみ

No.5237 (2024年09月07日発行) P.62

関なおみ (国立感染症研究所感染症危機管理研究センター危機管理総括研究官)

登録日: 2024-08-27

最終更新日: 2024-08-27

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夏休み前、学校の宿題で娘が毎朝音読していたのは、心理学者の福沢周亮が書いた『言葉と真実』(教育出版)という説明文だった。この中にはオオカミなんていないのに「オオカミが来た」という、真実でないことを言葉で繰り返すことによって、言葉が真実を伝えることができなくなる、オオカミ少年のたとえが出てくる。またその反対に、真実を伝えているにせよ、使っている言葉が与える印象でハンカチが売れたり売れなかったりするという、とある米国のデパートでの事例も取り上げられていた。

2023年にWHO西太平洋地域事務局と南太平洋地域事務局は、健康危機管理能力強化に向けたAsia Pacific Health Security Action Framework(APHSAF)1)という枠組みを構築した。これは改正国際保健規則〔IHR(2005)〕に基づき各国に求められる能力を7つのdomain(領域)に整理したもので、その中の1領域として「Readiness and Resilience(健康危機への準備と耐性)」が挙げられており、特に「Risk communication and community engagement〔リスクコミュニケーション(RC)とコミュニティエンゲージメント(CE)〕2)」を重点項目としている。

このような状況もふまえ、約10年ぶりに改正されたわが国の「新型インフルエンザ等政府行動計画」3)でも、以前から対策項目にあった「情報提供・情報共有」が「情報提供・共有、リスクコミュニケーション」と追記され、ガイドライン(案)も充実が図られた4)

RCもCEもポイントは、情報を発信する側と受け取る側は対等であり、利害関係者や関与者が事情を抱えていることをふまえた上で、協働しながらリスク情報の見方とそれに基づく対応内容を共有していく必要があるという点である。

これらが重視されるようになったのは、今回の新型コロナウイルス感染症対応について、地域や被害者を特定しやすい自然災害等とは異なり、全国民の協力を得て公衆衛生対策を取る必要があったため5)、また流行が長期化するにつれ、文化的背景や主言語の違い、加齢や障害等により通常の方法では情報が届きにくい方々、社会経済的あるいは医学的状況等により配慮を要する方々6)へも感染が拡大し、国全体に大きな影響を及ぼしたからである。

自分は真実を伝えていると思っていても、「言葉の与える印象」に気をつけないと、我々も「オオカミ少年」になってしまう。多様性とグローバル化が進行する中、もはや均質な価値観の社会で暮らしているわけではない。平時の今こそ、言葉の持つ力と役割を大切にしていく必要性を強く感じている。

※本文は個人的な見解に基づく内容であり、組織の見解を代表するものではありません。

【文献】

1)WHO Regional Office for the Western Pacific:Asia Pacific Health Security Action Framework. 2024.
https://www.who.int/publications/i/item/9789290620396

2)WHO:WHO community engagement framework for quality, people-centred and resilient health services. 2017年.
https://apps.who.int/iris/bitstream/handle/10665/259280/WHO-HIS-SDS-2017.15-eng.pdf

3)内閣感染症危機管理総括庁:新型インフルエンザ等政府行動計画.(2024年7月2日)
https://www.caicm.go.jp/action/plan/index.html

4)厚生労働省:第87回厚生科学審議会感染症部会資料1-2-3 情報提供・共有、リスクコミュニケーションに関するガイドライン(案).(2024年7月17日)
https://www.mhlw.go.jp/content/10906000/001275736.pdf

5)阿部圭史:感染症の国家戦略 日本の安全保障と危機管理. 東洋経済新報社, 2021.

6)健康危機発生時における行政の効果的なリスクコミュニケーションについての研究班:健康危機対応のためのリスクコミュニケーションとコミュニティエンゲージメントの手引き(第1版). 2024.
http://www.jpha.or.jp/sub/topics/2024/20240826_1.pdf

関なおみ(国立感染症研究所感染症危機管理研究センター危機管理総括研究官)[リスクコミュニケーション][コミュニティエンゲージメント][新型インフルエンザ等政府行動計画]

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