医師の技術・知識レベルを外から見抜くのは至難の業である。先日、激しい咳と目ヤニで死にそうになって近所のクリニックに行ったら、茶髪のチャラい若い医師に「大丈夫、死にません。漢方薬出しとくよ」と言われ、2日後には症状はおさまった。先生、見かけで判断してすみません。
厚生労働省で医療・薬事行政に携わるプロでも話は同じ。彼らの専門レベルを見抜くのは困難で、素人とプロが混じっている。伝統のローテーション人事で、ズブの素人が専門的なポストに就くことも当然にある。
薬学が専門である筆者も、なぜか通商産業省機械情報産業局宇宙産業課という厳かな名称の部署に出向し、宇宙開発を担当した。ロケットどころかボルトとナットの区別もつかぬド素人なのに、米国NASAの専門家と「人工衛星でのロボットハンド実験」を推進してるような顔をしてたっけ。恥ずかしい。
政府職員の多くが素人である状況は昔も今も変わらない。が、素人も年齢を重ねるにつれ学び、出世し、それらしいことを言うようになる。おエライさんになると、学会講演を頼まれることもある。文字が多すぎるスライドを使った彼らの講演が聴衆の記憶に残ることはないが、それでも経験談にはそれなりの説得力が滲み出てくる。
医療系のおエライさんはドラッグラグを語るのが好きである。20年ほど前は「承認審査を改善し、ラグを解消する」と意味不明なことを言っていた。最近のおエライさんは成長したらしく、「ラグは企業の効用最大化行動の結果だ」とようやく理解し、講演で費用と利益の関係を語るようになった。やっと経済学部の1年生並みに。とても喜ばしいが、比較優位などの国際経済学の基本を学んだ2年生にはまだ進級していない。でも大丈夫。きっとここから彼らはさらに成長してくれるはず……。
が、そううまくはいかない。日本には定年制という強制退場がある。「いろいろ学ぶことができました」とにこやかに挨拶し、役所を去る。数十年かけて税金でお勉強し、やっと一人前の専門家になったところで、ご卒業。本人的には充実した職業人人生であろう。専門性があるから再就職は心配ない。
職員の専門レベルなど、行政では気にする必要はないのかもしれぬ。国の看板を背負えばどんな仕事でもハッタリでなんとかなる。素人とプロに境界線を引けるわけなどないし、国の業績の評価が本当にできるなんて誰も思ってないのだから。
日本の公的セクターにおける明治以来の寛大で贅沢な人材育成システムが、医療・年金・上下水道・お米供給といった公的インフラの現在の危機的状況を乗り切る障害とならねばよいのだが。
小野俊介(東京大学大学院薬学系研究科医薬品評価科学准教授)[人材育成システム]