No.5011 (2020年05月09日発行) P.31
佐藤敏信 (久留米大学特命教授、元厚生労働省健康局長)
登録日: 2020-05-08
せっかくの連載であるので、公衆衛生学的な視点も交えようと思う。
母は今年92歳になろうとしているが、80歳くらいに骨折をして初めて入院するまで、外来を受診したことさえなかった。もちろん持病のようなものもなかった。「健康づくり」の分野では、「栄養、運動、休養」をはじめ、健診に代表される、「早期発見・早期治療」が重要とされる。これらに照らすと、母は全く逆の生活を送っていたように思う。
まず栄養だが、極端な偏食である。先祖が鹿児島ということもあり、甘いもの、お菓子が大好きなので間食をする。肉・魚類も嫌いだし、野菜、果物類も好まない。昔を思い出すと、白いご飯に黒砂糖をかけて食べるようなこともあったように思う。
運動は全く嫌いだし苦手で、せいぜい買い物に歩いて行く程度だった。ジョギングはおろか体操をしている姿など見たこともない。
休養についても、自宅で原稿の校正のようなことをしていたため、締切日が近づくと、しばしば夜明けまで作業をしていた。つまり不規則な生活であった。
健診は「一度も」受診したことがなかった。それでも、がん、脳卒中、心臓病とは無縁であった。そもそもどういう形であれ受診していないので、骨折するまで血圧が高いかどうかさえ分からなかった。ちなみにその時点の血圧は収縮期が130mmHg以下であった。補足しておくと、そんな母に、孫ほどの年齢の栄養士たちは、「塩分も糖分も控えめに」と指導する。
さらに若い頃から歯も悪かった。その理由は省略するが、40歳の時にはすでに総義歯だった。8020風に言えば4000であった。それでもいい義歯だったと見えて、甘いものを食べる意欲は旺盛だった。
これらのことから何か断定的なことは言えないが、医学・公衆衛生学の「常識」がぴったり当てはまる人と、そうでない人がいるということだろう。誤解を恐れずに言えば、健康や長寿にはある程度遺伝子レベルのものがあると思わずにはいられない。
ともあれ、そんな母も骨折はした。そしてその骨折が生活に大きな影響を及ぼすこととなった。その話は次号としたい。
佐藤敏信(久留米大学特命教授、元厚生労働省健康局長)[長寿の秘訣]