2025年6月1日より、職場における熱中症対策が義務化されました。厚生労働省が公表している「職場における熱中症の死傷者」は、2021年以降、右肩上がりに増加し、2024年の集計では1257人でした。このうち死亡者数は、2022年以降、毎年30人を超えています。また、2020〜24年の「熱中症による業種別死傷者数」は、建設業が961人と最多で、ついで製造業が897人と続き、農業は108人でした。発生数だけに注視すると、建設業、製造業が目立ちますが、熱中症による死傷者数に対する死亡者の割合という視座で見ると、最も死傷者数の多い建設業5.6%に比べ農業は9.2%と、建設業の1.6倍を超え、熱中症を発症すれば重症化しやすいことがうかがえます。
職場における熱中症の死亡例の多くは、初期症状の見逃しや対応の遅れがその要因として報告されています。他の労働災害に比べ死亡に至る割合は約5〜6倍高く、死亡者の7割は屋外作業者で気候変動の影響を受けやすい状況にあるとされます。このような背景から、現場では医療者による判断と助言が期待されています。
具体的には、糖尿病、高血圧症、心疾患、腎不全等の基礎疾患がある場合や、睡眠不足、体調不良、前日の飲酒、朝食の未摂取といった状態は、熱中症の発症に影響を与えるおそれがあることを医療者から注意喚起頂ければと思います。また、作業開始前および作業中は巡視を頻繁に行い、声かけにより労働者の健康状態を確認するよう促したり、複数の労働者がいる場合には、お互いの健康状態に気を配る、休憩場所に体温計、体重計を備え、必要に応じて身体の状況を確認できるようにしたりする等、作業に関連した留意点を助言頂くことも熱中症予防に効果的と言えます。
今回の義務化の対象作業は、WBGT28度以上または気温31度以上の環境下で、連続1時間以上または1日4時間超の実施が見込まれる作業です。多くの農作業がこれに該当します。事業場において作業管理者がいる場合は、あらかじめ労働衛生教育を行うことが求められていますが、従業員が10人未満の小規模事業所や、自営業、安全への意識がそれほど高くない業種の労働者には、ぜひかかりつけ医から啓発活動を行って頂ければと思います。また、「職場における熱中症予防基本対策要綱」が示す熱中症予防対策の作業中止基準についても、日常診療の場で啓発頂ければと思います。
安藤明美(安藤労働衛生コンサルタント事務所、東京大学医学系研究科医学教育国際研究センター医学教育国際協力学)[法改正][熱中症][気候変動]