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【識者の眼】「ピロリ菌との出逢い」浅香正博

No.5040 (2020年11月28日発行) P.55

浅香正博 (北海道医療大学学長)

登録日: 2020-11-12

最終更新日: 2020-11-12

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1987年、シカゴで開かれた米国消化器会議(AGA)に参加した際、ピロリ菌と胃の病気の関わりについての発表が目に留まった。初めて聞く細菌の名前に戸惑うと同時に信じられないと感じたのが第一印象であった。隣の会場では、この細菌の診断に有用である13C-尿素呼気試験の発表があり、大きな注目を浴びていた。演者は、私が4年前に留学したベイラー大学のGraham准教授であった。その夜行われたベイラー大学のパーティーで、彼は日本でも必ずこの細菌は様々な胃の病気で見いだされるはずであると熱っぽく語ってくれた。

当時勤めていた北大へ戻り、病理の井上和秋助教授に相談に行ったところ、“30年以上病理医をやっているが胃生検の病理標本に細菌が存在したなど聞いたことがない”と言われ、全く信じてもらえなかった。これで一件落着になるはずであったが、1カ月後、Grahamからピロリ菌がきれいに染まっている標本が届いたのである。すぐにそれを持って病理医の研究室へ行ったところ、じっくり観察し納得してくれた。井上先生はその後1週間で、保存していたプレパラートを数千枚観て、多数の症例で細菌が存在していたことを認めてくれた。この事実がなかったなら私はピロリ菌の研究に従事しなかったと思われる。この年の暮れにGrahamから、13C-尿素呼気試験の測定キットがビデオの説明付きで届き、その感度、特異度の高さに驚いてから、どんどんピロリ菌研究にのめり込んでいった。最も驚いたのは、わが国の健常人におけるピロリ菌感染率の高さである。そして13C-尿素呼気試験陰性のヒトの胃粘膜には炎症細胞浸潤がほとんどみられないことが理解できるようになってからは、ピロリ菌と胃潰瘍や胃癌をストレートに関連づけるのではなく、そのベースとしての背景胃粘膜との関わりを重視するようになった。これで、大きなハードルを越えることができたのである。次いでピロリ菌抗体の新しい測定法を開発し、初めて健常日本人の年代別感染率を明らかにすることができた。この論文は、1992年のGastroenterologyに掲載され、現在までに750回も引用されている。

私がピロリ菌と出逢ったのは、40歳に近い頃である。そのため、研究は何歳になって始めても遅くはないと考えるに至った。Grahamと病理医の井上先生に出逢っていなかったら、と思い返すたびにお二人に対する感謝の念が沸いてくる。以後、大きな研究の進展にとって“出逢い”は重要な要因の一つであると確信するようになった。

浅香正博(北海道医療大学学長)[研究の進展]

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