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【識者の眼】「NHSアプリと臨床試験参加の民主化」鍵山暢之

鍵山暢之 (順天堂大学大学院医学研究科循環器内科学教室准教授)

登録日: 2025-07-04

最終更新日: 2025-07-01

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今般、英国では、ナショナル・ヘルス・サービス(NHS)のアプリに臨床試験の参加支援機能を新たに組み込む方針が政府より発表された。既に運用されている「Be Part of Research」というプラットフォームとの連携を通じて、アプリ上で参加可能な研究を検索・登録できるようにし、将来的には健康データに基づいた自動マッチング通知を可能とする構想である。これは、数百万人の国民を対象として臨床研究への参加を促進し、医療の民主化と産業化の両立を狙う、大規模かつ先進的な取り組みと言える。

こうした構想は、医療を単なる費用ではなく、「未来への投資」ととらえる国家戦略に基づく。臨床試験の迅速化、多様性の確保、新薬開発の加速が見込まれ、ひいては国民全体がその恩恵を受ける仕組みとなる。国主導で研究参加のインフラを整えることは、参加機会を広げるだけでなく、国民の意識を「医療に参加し、支える側」へと転換する契機にもなりうる。

これに対し日本では、臨床研究への国民の参加は依然として限られている。個人情報の保護や、倫理的な配慮が重視される一方で、「ゼロリスク」を前提とした制度運用が、参加を遠ざけてしまっている側面も否めない。本来、医療の進歩には、一定のリスクとそれを支える社会の理解が不可欠であり、安全性と公益のバランスをとりながら、広く研究参加の意義を啓発していくことが重要である。

高齢化が進み、経済が停滞する日本において、医療を「支出」ではなく、「産業」として位置づけ直す視点は不可欠だ。NHSの構想は、制度としてのリスクを受け入れつつ、国民全体が研究の成果を享受する未来像を描くものである。日本でも、医療と研究をつなぐ国レベルの基盤整備が進めば、医療の質と経済成長の双方に資する新たな道が拓けるのかもしれない。

鍵山暢之(順天堂大学大学院医学研究科循環器内科学教室准教授)[NHSアプリゼロリスク

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