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【識者の眼】「死傷事故招いた低血圧の原因は?」上田 諭

No.5042 (2020年12月12日発行) P.60

上田 諭 (戸田中央総合病院メンタルヘルス科部長)

登録日: 2020-12-02

最終更新日: 2020-12-02

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高齢ドライバーの事故では意識障害が大きな要因になることがある。2018年に群馬県前橋市で女子高生2人が死傷した事故もそうだった。本年11月25日の控訴審判決で、被告男性(88)に対し一審無罪を覆す禁錮3年の実刑が言い渡されたが、運転中の意識障害を招いた低血圧の原因は明確にならないままだった。

男性には日常的にめまいと低血圧があり、医師や家族から運転に注意を促されていた。男性は「(事故の直前に)めまいがして意識がもうろうとし、気がついたら事故を起こしていた」と供述。一過性の意識障害を生じたことは明らかだった。一審は、低血圧による意識障害が事故の原因であると認めつつ、「危険を予見できなかった」として無罪とした。その際、服用薬ユリーフ、フリバスの副作用で低血圧になったことが可能性として指摘された。これに対して、控訴審判決では低血圧による意識障害は予見可能だったとされたが、意識障害に至るほどの低血圧がなぜ生じたかには言及されなかった。単なるめまいや低血圧は直ちには意識障害に結びつかない。大幅な血圧低下の原因ははっきりしないままだ。服用薬による副作用の関与は判断されなかった。

裁判で言及された両薬剤は前立腺肥大症治療のためのα1遮断薬で、添付文書には副作用として血圧低下の記載がある(頻度は1%未満)。頻度不明な重大副作用として、失神・意識喪失も記載されている。

この事故と裁判を通じて、われわれ医師が教訓とすべきことがあるとすれば、高齢者の血圧低下に対する留意であろう。さまざまな疾患につながる危険がある高血圧については、常に問題にされ薬物療法の対象となる。一方で、低血圧は見過ごされやすい。心循環系疾患によるもの以外に、留意を要するのは裁判でも言及された服用薬である。降圧薬はもちろん、向精神薬や鎮痛薬の一部、上述の排尿改善薬などは、血圧低下を引き起こす可能性がある。

低血圧は、めまいやふらつきのほか、認知機能低下、無気力、さらに進展すれば意識障害すら誘発する。ADL(日常生活動作)を低下させ、認知症やうつ病、他の脳疾患に誤診されかねない。高齢者の生活にとって大きな障害であることを改めて認識したい。

上田 諭(戸田中央総合病院メンタルヘルス科部長)[高齢者医療]

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