No.5042 (2020年12月12日発行) P.64
杉浦敏之 (杉浦医院理事長)
登録日: 2020-12-03
最終更新日: 2020-12-03
これまで本連載にて、看取りに至るまでに十分なACP(advance care planning)が必要なことを述べてきたが、看取りに至るまでの実例を挙げてみる。
82歳女性、30年以上、当院外来に糖尿病、脂質異常症で通院。よく娘と一緒に来院していた。喫煙歴あり。X年10月に倦怠感、食思不振、尿の色が濃いとのことで来院。腹部エコーにて多発性肝腫瘍があり、地域の基幹病院に精査目的で入院。精査の結果肺癌の多発肝転移との診断。その時点で本人、家族は積極的な治療を望まずに退院。退院後訪問開始。初回訪問時はいつも外来で話す内容と似たり寄ったりの雑談交じりの笑顔でお互いに話し、家族も「先生が来ると元気になるねえ」と。約1週間後に意識状態が低下。12日後に自宅で永眠。死亡確認の際に「立派な亡くなり方ですね」と話すと、家族も「かっこいい死に方でした」と涙の中にも笑顔でコメント。長年の診療の中で家族を交えた会話により、自然とACPが形成されており、信頼を得ていたことが功を奏したと思われた。
86歳女性、Y年末より歩行困難が出現。その後仙骨部に褥瘡が出現。近所の整形外科の外来で処置していたが、通院困難となったとのことでY+1年3月10日当院紹介。食欲は良好であったが、栄養状態と褥瘡が急激に悪化し、4月14日に自宅で永眠。当日まで食事をしており、急変を予測できなかったためACPが全く形成されておらず、介護者である実の娘は一時半狂乱状態になってしまった。ただ、約5年後に老衰の父を自宅で看取った時は冷静に対応していた。母の時をお互い反省点としてACPを積み重ねてきたことが幸いしたケースである。
79歳男性、膵癌末期の状態で当院紹介。妻との二人暮らし。比較的急速に全身状態が悪化し、約1カ月後に呼吸停止との知らせを受けて訪問したが、その時は既に檀家の住職も来訪していた。なんとなく用意が良すぎるな、とも感じたが、これも日常の場で死を迎える一つのスタイルなのだと感じた次第である。筆者がまだ医師になった4年目に、いわゆる田舎の病院に勤務していた時、かかりつけの老人が自宅で急変したとの知らせを受けて来院を待っていたところ、救急車ではなく、霊きゅう車で来院(?)されたこともあった。当時は驚いたが、死を自然体で受け入れている姿勢の表れなのかな、と今は感じている。
杉浦敏之(杉浦医院理事長)[現在の日本の医療体制下で安らかに人生を全うするには? ⑪]