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【識者の眼】「ドクターカーによる劇的救命」今 明秀

No.5058 (2021年04月03日発行) P.63

今 明秀 (八戸市立市民病院院長)

登録日: 2021-03-24

最終更新日: 2021-03-24

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前方の信号は赤だった。ドクターカーは交差点で一旦停止し、ウーウーとサイレンを鳴らして6車線の国道を横切った。空にウミネコの数が増えてきたことは海が近いこと示す。ドクターカーの中に消防無線が響く。「太平洋を北上してきた貨物船の船員で意識障害1名」。岸壁に到着した女性救急医と研修医は貨物船に青色の感染防御衣で乗り移る。男性は床でいびき呼吸、酸素飽和30%、昏睡状態で危機的状態だ。2枚重ねの手袋で研修医は下顎挙上を試みる。口の中は痰だらけ。「肺炎疑い、コロナ疑い、ここで気管挿管します」。救急医の判断は早く正確だった。サージカルマスクをN95に変えながら周囲に注意を呼び掛ける。「この気管挿管は難しくコロナのハイリスク、一発で決める必要があるから私がするよ、介助をお願い」。研修医は頷いた。救急救命士はフィルタ付人工鼻をバッグバルブに装着し備えた。救急医は左手にビデオ喉頭鏡、右手に気管チューブを持ち、あっという間に声門を通過させてチューブを気管に入れた。

男性は船から降ろされ、救急車に乗せられ岸壁から離れた。救急医は病院へ向かう救急車から八戸ERへ電話を入れる。「男性、低酸素と意識障害、気管挿管と陽圧呼吸をしても酸素化改善なし。コロナ疑いで感染防御しています。救命救急センター感染症室へ直入します。人工呼吸器の準備をお願いします」。

男性は重症コロナ肺炎に対する2週間の人工呼吸器治療を乗り越えた。そして見事生還した。劇的救命だ。3週間目の回診の時に、現場出動した救急医が苦しかった治療のことを労うと、男性は涙をこらえながら感謝を伝えた。

2018年日本病院前救急診療医学会ドクターカー実態調査委員会調査によると、全国の434医療機関がドクターカーを保有していた。週に1回以上出動があるのは、23%の98施設。その内訳は救急車型が6割、残りは患者収容ベッドがないラピッドカーという乗用車型だった。運用地域が都市部なら、ターゲットは心停止症例や、多発外傷、喘息重積、心筋梗塞など緊急度の高い疾病が中心となる。人口希薄地域なら、搬送には時間がかかる場合が多いので、心停止が切迫した症例だけでなく、広い疾患領域になる。2019年の出動件数は都市型のさいたま市が年間1715件、人口希薄地域型の八戸市が1716件だ。

2021年11月6日、ドクターカーについて協議する日本病院前救急診療医学会総会・学術集会が八戸で開始される。テーマは「劇的救命」だ。

今 明秀(八戸市立市民病院院長)[救急医療]

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