No.5060 (2021年04月17日発行) P.64
中井祐一郎 (川崎医科大学産婦人科学1特任准教授)
登録日: 2021-03-31
最終更新日: 2021-03-31
流・死産についての困った事例(No.5015、5056)をいくつか取り上げたが、今度は胎児が消えた事例を紹介する。
懇意にしていた診療所の先生が電話を下さった。妊娠13週の妊娠女性が大量出血を訴えて来院されたのだが、10日ほど前に確認した胎児がいないという。唯の自然流産といえばそれまでだが、問題は胎児の行方である。くだんの女性は大量の血塊に動転して、そのままトイレに流したらしい。生存可能性はないから、この「死」胎児は下水道を流れてやがては自然に還るだろう…それも良いではないか…では済まし難い。母子手帳がある。つまりは妊娠届出がされている。中期の人工流産でも母子手帳が交付されている場合があるが、死産証書を書けば問題はないだろう。しかし、この場には「死」胎児が存在しないことから、死産証書を交付することが難しい。同じような事例は、総合病院でもあった。切迫流産で入院中の妊娠15週女性がトイレに流してしまったのだが、どうしたら良いかという相談だった。
さて、対応である。前者の場合は自宅で起きたことであり、診療所は関係がないともいえるが、妊娠を届け出ていた女性にあらぬ疑いがかかってはならない。したがって、行政における届出上の問題として処理することを提案した。市役所に事案の内容を理解して頂き、妊娠届に呼応する死産証書がないことを了解して頂いた。後者は院内発生であり、かつ児が大きいことから何処かで発見されることがないともいえない。そこで、この事案では警察に相談することを提案した。その結果は、念のために院内の下水回路について、スコープを用いることができる範囲で確認しておいてくれ…とのことだったそうだ。後は、万一発見されても事件性がないということを、関連各警察署に連絡しておいてくれるという。
私は、今生きている人を大切にしたいと考えている。即ち、妊娠していた女性である。彼女たちの傷を最小限にする方略を考えたいものだ。
中井祐一郎(川崎医科大学産婦人科学1特任准教授)[女性を診る]