No.5071 (2021年07月03日発行) P.64
浅香正博 (北海道医療大学学長)
登録日: 2021-06-15
最終更新日: 2021-06-15
細菌がある病気の病原体であることを証明するためには、コッホの四原則を満たさなくてはいけない。ピロリ菌の存在を病理学的に証明したWarrenは第一原則を満足させたが、培養はできなかった。共同研究者のMarshallが苦労を重ね、初めて培養に成功し、その成果を二人の名前でLancetの短報に投稿し掲載された。世界から注目を集めたが、ピロリ菌を実験動物に投与しても同様の病気を発生させることができなかったため、世間からは疑惑の目で見られた。最終的にMarshallが自らこの細菌を飲むという人体実験で胃に胃炎を生じさせ、そこから同じ細菌が証明されたことで、この細菌が胃炎を生じさせることを科学的に明らかにした。
私がピロリ菌の研究を始めた時、ピロリ菌の診断法は十分に確立されていなかったが、高感度のPCR法が登場し、ピロリ菌の診断に大いに貢献することが期待されていた。実際、実験レベルの測定感度はこれまでの方法に比して1000〜1万倍も高かったのである。ところが不思議なことに、臨床的には培養法や病理学的方法とほぼ変わりない感度であった。これは胃粘膜でのピロリ菌が胃内でびまん性に分布しているのではなく、島状にところどころに分布しているためであり、ピロリ菌のいないところの生検標本ではPCRの感度を上げても陰性としか出てこないのである。
そんな時に米国のGraham教授が画期的なピロリ菌診断法を開発した。経口的に投与された尿素は、胃内でピロリ菌のウレアーゼによってアンモニアと二酸化炭素に分解され、血中に入った二酸化炭素は肺から呼気中に放出される。したがって、尿素中の炭素をアイソトープで標識し、呼気中の二酸化炭素をアイソトープ分析することにより、胃内でのこの反応の有無、すなわちピロリ菌の存在を判定することができるのである。13C尿素呼気試験は生検法と異なり、胃全体のピロリ菌分布を捉えられる検査法であり、不均一に分布しているピロリ菌の診断に最も有用な検査として評価されている。この診断法の普及により、ピロリ菌の診断の精度は増していった。結局、臨床ではピロリ菌の診断にPCR法は使われずに終わったのである。
新型コロナウイルス感染症の診断はPCR法と抗原検査で行われているが、PCRは遺伝子を極度に増幅するので感染力のないウイルスでも陽性と出る可能性があり、臨床上問題となっている。抗原検査の特異度はPCRと同様であるが、感度は明らかに低いために単独で用いるのには問題がある。コロナの診断で臨床現場が混乱しているのは、PCR法を超える診断法が存在しないからであり、その点では不幸というほかはない。
浅香正博(北海道医療大学学長)[除菌療法]