毎年5月31日は、WHOが制定した「世界禁煙デー」であり、禁煙を推進するための記念日である。禁煙というと、「吸いたいけれども、健康のためにやめます」的なイメージかもしれない。もともと、“world no smoking day”だったものが、1988年に“World No Tobacco Day”と、より強い表現に変わった。日本語の生易しいイメージと、ややニュアンス的に異なる。WHOがタバコに対して決然として打ち出した姿勢がわかる。
17世紀、欧州各国では、タバコへの課税や専売化などが制度化され、貴重な国家財源となった。わが国でも、日露戦争の戦費調達にせまられた際、タバコが専売化された。現在も、「税収の安定」を図る「たばこ事業法」があり、依然として「金のなる木」として重宝しているように見える。しかし、タバコに厳しい目を向けるのが世界の潮流だ。よいことがない、まさに百害あって一利なし、と理解したからだ。
百害の代表は健康被害だ。筆者は、慢性閉塞性肺疾患(COPD)に長く関わってきた。日本呼吸器学会が推進する「木洩れ陽 COMORE-By2032」プロジェクトについては、以前、本連載で紹介している(No.5211)。COPDの推定患者は500万人を超え、年間1万6000人前後が死亡している。ありふれた疾患だが、疾患認知度は非常に低い。2024年の健康日本21(第3次)でも取り上げられ、人口10万人当たり13.3人の死亡を、2032年に10.0人まで減少させる目標だ。タバコを吸わなければ、ほぼ罹患しない疾患なのだ。タバコを吸わない社会常識の醸成など、めざすべき姿はWHOのタバコに対する姿勢と重なる。
能動喫煙のみならず、受動喫煙関連の健康被害は言うまでもない。もう1つ、ニコチン依存は、大きな精神保健的および社会的問題だ。紙巻か加熱式かに関わらず、習慣喫煙者のほぼ全員が、ニコチン依存に陥っている。他の依存症と同じように、依存の対象物に対しては考えが甘くなり、「自分は肺癌にはならないと思う」「受動喫煙なんて騒ぎすぎだ」と根拠もなく思いがちだ。
現在、働く世代の男性の約30%が喫煙者である。それだけ、世間にはニコチン依存者がいて、喫煙対策に反対する。健康増進法の改正を追い風に、大学の敷地内全面禁煙化が進む中、規模の大きい旧帝国大学では、その実現が遅れている。7校中、達成したのは、東北大学と九州大学の2校だけである。
わが国は、少子高齢化の社会だ。認知症や、種々の慢性疾患で介護を必要とする高齢者は益々増えていく。認知症をはじめ、介護を必要とするような病態にタバコは直結している。次世代の介護負荷を極力減らすために、高齢になっても健康でいなくてはいけない。減塩、アルコール摂取、身体活動などの生活習慣是正とともに、喫煙対策は間違いなく最重要課題だ。医療費や介護費用などの社会的損失は、目先の税収を上回っており、次世代が背負う負担をとして大きくのしかかる。日本社会はWHOの姿勢に学ぶべきだ。
黒澤 一(東北大学環境・安全推進センター教授)[世界禁煙デー][COPD][健康日本21]