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【識者の眼】「故郷はいま……」栗谷義樹

No.5154 (2023年02月04日発行) P.75

栗谷義樹 (山形県酒田市病院機構理事長)

登録日: 2023-01-24

最終更新日: 2023-01-24

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筆者は秋田県の山間部の生まれで小学校は一クラス、同級生も28人しかいないが、その中には故郷を一度も出ることなくそのまま農家を継いだり、近郷に嫁いだ友も半分ほどいる。故郷を離れて既に六十数年が過ぎたが、農家を継いだ幼馴染は今も新米の季節になると、自分が作ったコメを送ってくれる。

ところがこのコメが年々不味くなってきていた。数年前に故郷で会った時のことだが、その友は「最近送るコメは不味いだろう?」と自分から言ってきたのだ。

以下、彼が言う理由らしいことを聴いて少し驚いた。 

村では米作を継ぐ若者がいなくなり、彼がほとんど地域の全田に作付けしている。機械を入れるために畦道を潰して田を拡大し、全てにパイプを張り巡らして水源の蛇口を捻ると200枚以上あるすべての田に水が入るようにしているという。農薬もそれに混ぜて流し込むのだそうだ。そのためにそれまでの水を引くための畦道、小さな堰などが消えてしまい、同時にそこに生える種々の植物、住処にしている虫、小川に住んでいたドジョウやメダカ、ゲンゴロウ、その他もろもろの昔の小学校唱歌に出てくるような生き物が消えてしまった。 子供の頃に田んぼの畦道を歩くと秋には群れを成して飛び交っていたトンボやイナゴなどもすっかり居なくなってしまった。コメが不味くなったのはどうもその頃からのようなのだという。

そういえば数年前に「NHKスペシャル 新・映像詩 里山」という番組で、新潟県十日町市の棚田が放映されていたのを思い出した。豪雪地帯の雪が春に解けて自然の水路となって田畑を潤し、季節の生き物が爆発的に湧き出る映像を見た記憶が蘇った。米作と自然の営みが美しく調和していることで美味しいコメも作られていたのだろうか。

過疎の進むわが故郷はいま、草むらの中に埋もれて消えようとしている。友が辛うじて守ってきた米作も遠からず休耕田となり、原野に戻るのだろうか。後期高齢者になった故郷の友も既に何人かは亡くなっている。生涯を生まれ故郷で暮らして家庭を営み、家業に励んだ末に静かに終えた一生は、シンプルだがどこか起承転結が完成された人生のように思える。ある種の羨ましさと、優しく穏やかな情景が浮かんで、寺で元気な頃の写真を見ると、なぜか静かに心が満たされた気持ちになるのである。

栗谷義樹(山形県酒田市病院機構理事長)[地域の高齢化]

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