オンサイトとは原子力施設(サイト)の敷地内(オン)を指す。オフサイト(原子力施設敷地外:我々が暮らす世界)と対比して用いられる。今、我々医療者はオンサイトの出来事について再認識すべき時期にあるように思う。
理由の1つは原子力施設の運用に関する政策の大転換である。政府は福島第一原子力発電所事故(以下、福島事故)以来、原発の新設は想定していないとしてその運用に消極的であった。しかし、2022年11月28日に経済産業省が示した計画案では一転して、廃止が決まった原発の建て替え、運転期間の延長、次世代革新炉の開発・建設、などが明記された1)。関連法が今国会に提出されるという。現在停止している原発の運転再開については、福島事故直後は賛成が3割であった一部の世論調査の結果も、2023年2月時点で賛成が51%と過半数になった2)。
いま1つは、ロシアのウクライナ侵攻において原子力施設が軍事戦略目標と位置づけられた点である。原子力・核施設を戦争の標的にしないという倫理は通用しない時代となった。翻って隣国では、ロシアに加えて、北朝鮮の頻回なミサイル発射、中国の台湾海峡における積極的軍事活動が目立つ。偶発事象がきっかけでわが国が戦争に巻き込まれ、オンサイトが軍事目標となる可能性は、福島事故以前の我々が福島事故の発生を予想するより容易である。
リスクが上昇している原子力事業を推進し、エネルギーの安定供給と脱炭素をいかに両立させるかが多くの国の課題となっている、この危機と変化の時代に、オンサイトは、我々医療者が何をすべきか、何ができるか、を考えるきっかけを与えてくれる。
現在の福島第一原子力発電所(1F、イチエフ)オンサイト医療の最大の懸念は、核燃料デブリ(福島事故時に溶融した核燃料等が冷え固まったもの)取り出し作業に伴う作業員のα核種(プルトニウム)内部取り込みリスク増大である。1Fの核燃料デブリは全体質量の約1%がα核種と推測されるが、その取り出し作業が2023年度後半から開始される。
α核種は、体表面に付着(外部汚染)しても、その飛程が短く遮蔽が容易なため、慌てず冷静に対処すれば生体影響を回避できる。しかし、作業員の体内に取り込まれる(内部汚染)と、放射性物質量[Bq]当たりの生体影響[Sv]がβ・γ核種と比較して高いため治療を要する可能性があり、汚染後の早期除染、体外排泄のためのDTPA(キレート剤)投与など、医療上の迅速な判断が求められる。
1Fオンサイトではサリオン、キュリー、advanced liquid process system(ALPS)といった多核種除去設備を用いて、核燃料冷却用循環水から放射性物質を濾過し、その一部をスラリー(液体・固体の混合物)としてhigh integrity container(HIC、高性能コンテナ)に貯蔵している。現在、HIC老築化に伴い、スラリー移し替え作業が作業員により行われている。
スラリー中に含まれる高密度のβ核種(ストロンチウム)から放出されるβ線はエネルギーが比較的高く、皮膚等に付着したまま放置すると組織障害(確定的影響)が生じうる。もちろん内部汚染リスクも増大する。そのため、汚染・被ばく事故が起こることを想定して診療手順を整理しておく必要がある。
なお、ALPS汚染水で議論されているトリチウムもβ線を放出する核種であるが、そのエネルギーは非常に弱く生体影響が想定できないため、オンサイトでの線量評価においてはほぼ無視される。
内部汚染・被ばくリスクと実診療の可能性が高まる中で、現場の診療手順を整備しなければならないのだが、その役割を担う者は実は頭を悩ませている。というのも、内部汚染・被ばくについては、生体影響を回避するための治療開始の明確な医学的基準が存在しないのである。不思議に思われるかもしれないが、その治療目的が将来の発がん等のリスク(確率的影響)低減であり治療開始時点では障害が存在しないこと、症例数が少なく治療効果の検証が難しいこと、などが関連していると考えられる。
そのため現時点で治療開始の基準として参考としているのは、本来は医療介入の基準として用いてはいけないはずの「放射線防護と管理のための基準値」や「確率的影響のリスクを評価するための指標」なのである。具体的には、預託実効線量(内部被ばく後50年分の放射線影響を合算した値)を参考に、創傷汚染の有無、他の傷病の重症度、治療による副作用、傷病者の推定余命、医療リソースと治療手段のバランスなどを加味して治療の要否を決める。
繰り返しになるが、本来は特定個人の医療介入基準に用いる「指標」でもなく、ましてや特定個人の医療介入に用いるべきではない「基準」のため、特にα核種の線量評価では予測値が現実の被ばくにそぐわぬ過大な数値となりうる。これはα線の生物学的効果比(relative biological effectiveness:RBE、線質による生物効果の違いを重み付けするための係数)や放射線荷重係数(各組織・臓器の吸収線量に線質による重み付けをするための係数)が防護側に立った過大な値(20)に設定されていることと関連する(例えばマウスを用いた研究のRBEは2~3.5と示されている)3)〜5)。
したがって、予測された預託実効線量値が驚くほど高値なことだけを理由に確定的影響(組織障害)をきたすと考えて治療を行うと傷病者にデメリットを与える可能性がある。そもそも、内部汚染・被ばくに対する体外排出促進薬の使用は、予測された未来の被ばく線量(未来の健康影響)の低減を目的とする治療であり、救急医療のそれのように直面する生命の危機への対処とは目的が異なる。このような議論は、医療者間、いわんや社会で十分に行われているとは言い難い。
一方で我々は、傷病者の受ける心理的影響は被ばく線量の大小では計りしれない現実、わずかな汚染・被ばくであっても大きな心理的影響を受ける現実も、福島事故後の経験から学んだ。加えて、歴史的経緯から、わが国における放射性物質に対する治療はきわめて社会の関心が高い。
上記のような事情から、1Fオンサイトでα核種の体内取り込みが発生した際に起こりうる困難と混乱は容易に想像できる。現在、危機感を持った関係者が中心となり、1Fオンサイトで発生するα核種等の体内取り込みに対する治療対応プロトコルの作成が進行している6)。ぜひとも読者の皆様からご指導を頂きたい。
被ばく・汚染が関与する事故・災害は世界的には一定間隔で発生しており、1Fの作業環境と作業内容からその発生は容易に想像できる7)。そのため、一見無駄のように思えても、緊急時に落ち着いて対応できるようにその治療手段・治療薬剤・機器を準備・備蓄・維持しておかねばならない。
維持管理の重要性に関して、思えば当院では、1999年のJCO臨界事故後に設置されたホールボディカウンター(WBC)を、2011年の福島事故までの十数年間、1人の技師が毎月欠かさずメンテナンスしていたおかげで、事故時の内部被ばく線量評価にWBCを運用することが可能であった。翻って上述のDTPA製剤にしても、医師が一生のうちで処方する機会はまずなく(あっても1回きりであろう)、しかし、一定量の発注でないと入手困難な上に、備蓄薬剤の多くは使用期限まで投与されることがなく破棄される。そして、その準備・備蓄・維持費用は事業者負担である。それでも未来の危機に備えて準備・備蓄・維持しておかねばならぬ薬剤である。
以前、師匠のJ先生のご紹介でDTPA製造元のHeyl社の社長とお会いした際に、「DTPAは製造すればするほど会社の経営状況が悪化する薬剤である。社会におけるDTPAの役割は重々理解しているが、経営者としての本音は複雑である」と話しておられたのが印象的だった。これは、おそらく危機時のための備蓄薬剤の開発・生産者共通の悩みであり、使用頻度は少ないが希少疾患の治療に必須である、いわゆるオーファンドラッグの根源的な課題を示していると考えられる。現在、福島第一原子力発電所救急医療室(1FER)(図)には、おそらく国内で最も豊富な数のDTPAが配備され、傷病者に緊急投与可能な体制が整備されている。しかし、その準備・備蓄・維持は決して容易ではない。
この領域では薬剤の適応と承認、医療保険の適用についても課題がある。現在国内では、放射線被ばくの治療薬として、2010年のラディオガルダーゼ®カプセル500mgに続いて、11年にジトリペンタートカル®静注1000mg、アエントリペンタート®静注1055mg(いずれも日本メジフィジックス社)が承認されているが、3剤とも薬価未収載で医療保険適用外となる。したがって現実問題として投与のための財源を確保・確認しておかねばならない。
緊急時使用薬剤に対する考え方は国家間で異なる。米国では保健福祉省がadministration for strategic preparedness and response(ASPR)というプログラムで国家戦略的に危機災害時使用薬剤の備えを行っている。身近な例では、2022年10月に、放射線被ばくおよび核物質による急性放射線症候群に起因した血小板減少症に対する治療薬剤として、Nplate®の国家的備蓄が決定している8)。
一方、わが国にはASPRのようなシステムは存在しない。そのため海外で使用が認められているが、国内では承認されていない薬剤を危機・災害時に人道的見地から緊急使用する(いわゆるコンパッショネート・ユースの考え方)ためには、現時点では当該薬剤を用いた「特定臨床研究」を申請し、認定臨床研究審査委員会で承認を得た後に、いったん国内に輸入した上で備蓄・維持・管理しておくなどの対応が求められる。そして、そのための手続き、資金、有害事象発生時の対応等については、責任医師・関係施設・事業所に依存するところが大であり、それが治療の進歩も薬剤の恩恵を受けることで得られる国民の安全担保も妨げている。
1Fオンサイトは世界で最も放射線リスクが高いエリアの1つであることは議論の余地もない。立場を超えて意見を出し合い、起こりうる課題を共通認識とすることができるようになったのは進歩であろう。しかし、事故後の処理と廃炉というマイナスをゼロに戻す現場からプラスを生み出し、それを発信することで、福島事故時にご支援頂いた皆様にご恩返しするまでには至っていないのが現実である。