医薬品世界の住人の言葉遣いってホントにいい加減である。
ある大御所の新刊に「有効性という言葉は厳密に定義されずに用いられていて非常にミスリーディングだ!」という怒りの一文が。おおっ、ついに私と同意見の専門家に会えたぞ、と一瞬喜んだのだが、それに続く「○○(薬剤名)については厳密な意味での有効性は立証されてはいない!」にガックリ。せ、先生、何を言ってるのかわかりません……。
最近「ドラッグラグの解消をめざす」という表現をよく耳にする。「解消」だそうである。「中高年の皆さん、お肌のシミの解消にはこの商品ですよ!」といったテレビCM並みのお気軽さ。視聴者が本気でシミが「解消」するなんて思ってないように、ドラッグラグの「解消」も業界人は誰一人信じてはいない。だから嘘の言葉が気にならないのだろう。
壮大な意味不明語もある。「創薬力の向上により国民に最新の医薬品を迅速に届けるための構想会議」。50億光年くらい論理が飛躍している名称のこの会議、なんと内閣府に実在するのである。創薬力が向上してその周辺住民が新薬の恩恵にあずかれるのなら、つくば学園都市や湘南ヘルスイノベーションパークの周辺住民たちは皆相当に長生きしてるはずである。知らんけど。
そもそも「創薬力」なる語が意味不明。先日、お役所からの薬学部教員へのアンケートに「国の創薬力は上がった? 下がった?」という質問があって、目が点に。「国の創薬力」って、それ何だ? さらに驚いたのは教員が迷うことなくそれに回答していたこと。どうやら日本のアカデミアの意思疎通に言語は不要らしい。
「創薬エコシステムでドラッグラグ解消だぁ!」に至っては意味不明の二乗である。資本主義のもと、素晴らしい経済効率で機能しているグローバルな創薬エコシステムこそが日本のドラッグラグを生んでいるのだが。矛盾に満ちたこんなスローガンを平然と唱える業界人の頭の中がさっぱりわからない。
むろん私だって、掛け声や看板に気合やバイブス(笑)が求められることくらい知っている。たとえば戦時中のスローガン「進め一億火の玉だ!」には何とも言えぬ語呂のよさ、響きの美しさがある。が、うっとり聞き惚れていてはダメなのだ。当時、「いや、あんた、国民が火の玉になって燃え尽きたらアカンがな……」と冷静に突っ込みを入れなかったから、日本は一度滅びたのだ。これは歴史的事実である。
霞が関、永田町あるいは日本橋から意味不明なスローガンが流れてきたら、面倒臭がらずに、先生方もいちいち突っ込みを入れて下さい。それは医療人の、そして国民の義務である。
小野俊介(東京大学大学院薬学系研究科医薬品評価科学准教授)[意思疎通][ドラッグラグ][創薬力]