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【識者の眼】「『嫌疑なし』にすべき乳腺外科医冤罪事件:東京高検が上告断念し無罪判決確定」佐藤一樹

佐藤一樹 (いつき会ハートクリニック理事長・院長)

登録日: 2025-04-14

最終更新日: 2025-04-10

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2025年3月12日、東京高裁は、一次控訴審で逆転有罪、最高裁で差戻しになった乳腺外科医事件ついて、検察の控訴を棄却し無罪判決を言い渡した。3月26日、東京高検は上告を断念し、手術から9年を目前に、遅すぎる無罪が確定した。

検察の公訴事実(訴因として明示する犯罪事実)要旨は、「被告人が執刀した手術の患者Aが術後の診察を受けるものと誤信して抗拒不能状態にあることを利用し、わいせつな行為をしようと考え、14時55分〜15時12分までの間、同院病室において、ベッド上に横たわる同人に対し、その着衣をめくって左乳房を露出させた上、その左乳首を舐めるなどし、抗拒不能に乗じてわいせつな行為をしたものである」とされた。女性が盛んに訴え、勾留状にも記載された自慰行為の事実は、除かれた。「自慰行為の結果として射精に至った場合、周囲に事情を説明することがおよそ不可能な状況に陥ることにもなりかねない。そうすると、患者Aが証言するところの被害状況は、かなり異常な状況というべきものであることは否定しがたい(一審判決)」と検察が起訴前に判断したと推測される。

性的幻覚出現の症例報告が多数されているプロポフォールが通常量の約2倍、セボフルラン、ペンタゾシン、ジクロフェナクが投与され、術後の4人部屋病室で追加されたフルルビプロフェンアキセチル注射液の点滴時間帯(15分間)と公訴事実の犯行時間帯(17分間)は一致していた。しかし、全4つの裁判所では、5剤の相互薬理作用・相加相乗作用や時間的一致について審理することは1回もなかった。

一次控訴審では、麻酔科・外科臨床領域の「覚醒時せん妄」に関連した薬理作用の詳細も検討せずに、精神科領域の「術後せん妄」に話がおきかわり、挙げ句の果てに、せん妄の専門医でもない精神科医が、1935年のアルコール酩酊に関する論文を根拠に、現実に即さない観念的空理空論が闊歩した。外科医が勾留されているときから支援してきた筆者にとって、科学や実臨床とかけ離れた明後日の論争はきわめて歯がゆかった。

本件は明白な冤罪事件であり、医療者は怒りで、警察や法曹を叩きたくなる。しかし、暖簾に腕押しであろう。検察官も弁護人も裁判官も、科学者や医師ではない。なぜ初期の警察捜査の段階で、「嫌疑なし」にならなかったのだろうか? 全国の医療施設管理者や顧問弁護士によって、本件の検証と再発予防のリスクマネジメントを講じるべきである。

【参考文献】

▶佐藤一樹:判例時報. 2021;2473:124-8.

佐藤一樹(いつき会ハートクリニック理事長・院長)[冤罪事件][覚醒時せん妄][性的幻覚]

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