No.5003 (2020年03月14日発行) P.56
岩田健太郎 (神戸大学医学研究科感染治療学分野教授)
登録日: 2020-03-04
最終更新日: 2020-03-04
新型コロナウイルス感染症に関する前回のコラム(「中国で流行している新型コロナウイルス感染症、あらゆる可能性を“想定内”に」No.4996、WEB医事新報2020年1月17日)は以下の言葉で閉じた。「我々医療者に必要なのは冷静であり続けること。しかし油断もしないこと。『分からないこと』に自覚的であり、曖昧さに耐えること。意外な新情報にも驚かないこと。つまり、あらゆる可能性を「想定内」にしておくことである」
わずか1カ月ちょっと前の言葉であるが、残念なことに想定していた最悪のシナリオに近い状況に世界は、そして日本は近づいてきている。
よく、「基本再生産数」R0という概念が感染力を表す際に用いられるが、これは新型コロナウイルスの、ウイルス学的特徴だけがもたらすわけではない。閉じた空間、クルーズ船やコンサート会場などではR0は6以上に跳ね上がり、堅牢な感染対策のもとではその値は非常に小さくなる。「このウイルスの基本再生産数は2から3で」という言い方が必ずしも妥当ではないのは、そのためだ。
新型コロナウイルスは、咳や飛沫でどんどん周囲の人々に感染していくような性格には乏しい。公共交通機関でのアウトブレイクがほとんど検出されていないことが、そのことを示唆している。逆に、密閉した空間で長い時間を共有すると感染が非常に起きやすいことも分かってきた。いわゆるクラスターである。
臨床症状は風邪のようなもので、8割は自然に良くなってしまう。そういう意味では怖くない。が、そこが怖いところでもある。インフルエンザと異なり、症状が軽微な本感染症では、多くの人々は罹患しながら外を歩き回ってしまう。症状の軽さこそが感染の広がりの原因になってしまう。
そして、8割が自然によくなるとは、2割はそうではないということを意味している。10人、100人程度の患者数であれば、日本の医療体制で対応は可能だが、中国・武漢のように万単位、それ以上の患者が発生すればそのインパクトは巨大となり、数千人規模の死亡者が出てしまいかねない。非常に厄介である。
非常に厄介ではあるが、本感染症との対峙の方法はほぼ確立している。①きちんとした手指消毒、②長時間の密閉空間共有の回避─だ。我々神戸大学病院感染症内科も毎日開いていたカンファレンスを止めて、変則的な診療体制にシフトした。医局員がみな感染者や隔離対象者になったら大変だからだ。リスクの分散も医療従事者にとって重要なテーマになる。
それでも、本稿執筆時点で中国はこの巨大な感染症危機を乗り越えようとしている。新規患者はどんどん少なくなり、生活も通常に少しずつシフトしてきているという。本感染症は封じ込め可能なことを、中国は示したのだ〔もっとも、世界保健機関(WHO)によると、3月3日時点で新規患者130例、死亡31例だから中国もまだ油断はできないのだが〕。
もちろん、日本に同じことができないわけがない。
岩田健太郎(神戸大学医学研究科感染治療学分野教授)[新型コロナウイルス感染症]