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【識者の眼】「屋上で行う家庭医の修了式に込めた思い」吉田 伸

No.5014 (2020年05月30日発行) P.64

吉田 伸 (飯塚病院総合診療科)

登録日: 2020-05-14

最終更新日: 2020-05-14

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新型コロナウイルスの感染拡大により、散々なムードになってしまった今年の日本の卒業シーズンだが、ここに家庭医/総合診療専門医たちの心温まる修了式があることを書いておきたい。

私は、新設でまだ指導医も数名しかいないプログラムの第二期生であった。したがって、自ら学び、自ら後輩に指導しながら迎えた修了式は、プログラム全体に対するお祝いのようであった。ちょうどその年、関連病院の頴田病院はそれまでの築50年の古屋を捨て、隣に鉄筋5階立ての新病院を建設。内覧会を兼ねて院内を練り歩いたあと、頴田地区で一番高い屋上、青空の下で修了授与式の記念写真を撮ってもらった。

以後、私の強い趣味により、毎年の修了式は頴田病院屋上で撮ると決めている。なぜか。家庭医/総合診療医は、医師の専門研修としては比較的歴史が浅い。さまざまな医療現場に必要な経験取得のため、ローテーション研修が目まぐるしく、特定の疾患や手技への習熟だけで専門性を語れないため、短期ローテーションだけではプライマリ・ケアの専門家として成長したという実感が湧きにくいのだ。本当は、その実感とは、患者の日常を知り、疾病による苦難に付き合い、それを防ぎたいという思いと、思いを言ってみて患者や家族から返ってくる、この土地での営みというこだまを通して、両者の関係性に響き渡っていくようなものなのだ。

つまり、馴染んできている、と感じるのに時間がかかるのだ。 それを知っているから、アイデンティティに迷いつつも、忙しいローテーション研修を乗り切り、ポートフォリオによって学んだことを書き綴った修了生たちには、地域で一番空に近い場所で、その努力を祝福したいのだ。

たまたま今年は、産休に入った医師がいて、その地元に修了証を届けに行った。親御さんたちに「娘はうまくやっていたか」と聞かれ、「カルテと引継ぎが素晴らしく簡潔で好評です」とお話しした。でも、5時間かかった帰り道で、もっといいことをご報告すれば良かったと後悔した。

この先生に診てもらった期間を、とても安心できたといっている患者がいる。地域で行った講演を、何度も思い出して語ってくれる住民がいる。彼女に癒されたと寂しがる仲間たちがいる。そう、真の家庭医/総合診療医とは、自分や試験でなく、患者と、住民と、仲間が認めるものなのだ。まあ、試験は合格を目指すものなのだが、青空の下で満点の笑顔をみせる修了生の写真を、せこせこと次年度のリクルートポスターに加工しながら、そう思った。

吉田 伸(飯塚病院総合診療科)[総合診療指導医奮闘記④]

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