No.5064 (2021年05月15日発行) P.62
今 明秀 (八戸市立市民病院院長)
登録日: 2021-04-27
最終更新日: 2021-04-27
2000年冬午前7時50分、川に浮いている男性が発見された。8時16分救急隊現場到着時、男性は心肺停止状態だった。8時45分男性は心室細動状態で救命救急センターに搬入された。直腸温は22度、瞳孔は両側散大。気管挿管の次に左開胸手術を開始した。左第5肋間にメスを入れる。直接心臓マッサージを開始した。心臓に直接電気ショックを行うが無効だった。腹部を小さく開いてチューブを入れ腹膜透析で加温した。だが体温は上がらなかった。9時35分直接温浴を開始した。気管チューブだけを水面から出して全身をお湯に漬ける。左開胸創に40度のお湯を進入させ心臓を直接温める。10時5分直腸温が33度に戻ってきた。電気ショック一発で心臓が動き始めた。10時45分体が動き始めた。風呂から上げて閉胸手術をする。はたして、救命できるか、後遺症は? 植物状態? 創感染? など、悪い予想だけが我々の頭をよぎる。5日目開眼。手を握る。9日目歩行開始。2週間後に、リハビリ病院へ転院した。劇的救命だ。
2018年冬12時4分、重機バックホーが沼に転落しているという119通報内容でドクターヘリの出動要請が入った。ドライスーツを着込んだ救助潜水隊がスクーバダイビングで透明度ゼロの沼に潜る。重機の運転席の窓ガラスを水中で破壊し、さかさまに水没していた男性を引っ張り出した。まもなく沼の水面に、潜水隊に抱えられた男性が顔を出した。12時56分救助成功し陸地に引き上げられた泥まみれの男性は心肺停止だった。AEDが張られたがショックメッセージ無し。触った感じは、肌がすごく冷たい。沼の泥岸で気管挿管すると、チューブから茶色の泥が噴き出た。フライトドクターは離陸後ERへ無線を入れた。「ECMO用意して」。13時32分ドクターヘリは救命救急センターに着陸し、わずか10分でECMO手術が成功した。ECMO回路を使い24度まで下がった血液を急速に加温する。3日後心臓の動きは正常化しECMOを外すことができた。そして感動の3週間後、自宅へ歩いて退院だ。
いつもうまく行くわけではない。劇的救命は時々だけだ。しかし、絶望死の状態からの社会復帰は家族だけでなく、消防、警察、看護師、医師、事務、リハビリ技師、臨床工学技士、栄養士、清掃員など、患者の救命劇に関わった沢山の人間を感動させる。劇的救命は人を酔わせる麻薬だ。若い医師に伝えたい、感動する救命処置を経験しろ。
今 明秀(八戸市立市民病院院長)[救急医療]