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【識者の眼】「主治医制の限界とチーム医療のすすめ─『24時間外科医』という価値観を手放すとき」河野恵美子

河野恵美子 (大阪医科薬科大学一般・消化器外科)

登録日: 2025-08-05

最終更新日: 2025-07-29

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ある学会の特別企画『外科医不足にどう対応すべきか─それぞれの立場から─』に登壇し、女性外科医の立場から発言する機会を得た。

筆者が主として取り上げたのは、子育てと最も相性が悪い診療体制─主治医制である。主治医制とは、24時間365日、1人の外科医がすべての責任を負う仕組みである。これは、外科医本人が独身であるか専業の配偶者が家庭を支えてくれているという前提で成り立っていた制度である。しかし、今や共働きが主流となり、医学生の9割が診療科の選択に際して、労働環境を重視しているという時代において、この働き方が現実にそぐわないことは明らかである。

実際、初期研修を終えた若手が、美容外科や産業医を選択する現象を揶揄して「直美(ちょくび)」「直産(ちょくさん)」といった言葉まで登場している。若者の外科医離れはとどまるところを知らず、ついには学会が声明文を出すほどの深刻な状況である。それでもなお、「外科医たるもの24時間365日外科医であれ」という価値観は根強く残っている。

この学会で象徴的だったのが、子育て中の10年目の女性外科医のフロア発言である。

「術後に合併症が起きたら執刀医が駆けつけるべきだと思っている。私は術後の急変に対応できる家庭環境を整えることができていない。だから自ら執刀をやめた」

責任感に基づいた決断ではあるが、本来それは個人の犠牲によって解決すべき話ではない。チームで診療に当たる体制が確立されていれば、術者1人に過剰な責任を背負わせずにすむ。誰かが対応できないときも、別の誰かがカバーできる体制があれば、多様な背景を持った医師たちも安心して執刀を担当できる。

日本外科学会が2025年4月に発表した「医師の働き方改革に関するアンケート調査結果」では、働き方改革施行前(2024年3月まで)の診療体制は、主治医制(1人で担当)が38.0%、チーム制(2人で担当)が16.3%、チーム制(3人以上で担当)が48.8%だった。改革開始から半年が経過した後も、主治医制36.2%、2人チーム制16.8%、3人以上チーム制48.9%と、実質的な変化は皆無に等しい。

外科医が責任感だけでふみとどまる時代は、もう終わりにしなければならない。そもそも、子育て中の外科医が自ら執刀を退いている姿をみて、女子医学生や研修医は、外科医を志そうと思うだろうか。

若者の外科医離れが加速している今こそ、これまでの価値観をアップデートし、時代に合った柔軟な働き方を取り入れていかなければ、外科は衰退の道を避けられない。個人の献身に依存するのではなく、誰もが力を発揮できる仕組みを現場からつくり直す必要がある。

「外科医たるもの24時間365日外科医であれ」という価値観を、手放す時期に来ているのではないだろうか。

河野恵美子(大阪医科薬科大学一般・消化器外科)[主治医制][チーム医療外科医不足

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