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【識者の眼】「新型コロナワクチン接種通知に見る健康の社会的決定要因(SDH)」武田裕子

No.5066 (2021年05月29日発行) P.56

武田裕子 (順天堂大学大学院医学研究科医学教育学教授)

登録日: 2021-05-10

最終更新日: 2021-05-10

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「これ、どうしたらいいでしょう?」。4月最終週、定期訪問の患者さん宅で、途方に暮れた表情でワクチン接種のお知らせが入った封筒を渡されました。90歳を過ぎても元気に二人で暮らし、季節ごとに玄関の置物や壁のお軸を替える素敵なご夫妻です。豊かな人生経験をお持ちであることが、言葉の端々から伝わってきます。しかし、小さな文字でギッシリと書かれたお知らせからは、ご本人たちが唯一行える電話予約の番号を見出すのも容易ではありません。時期の確認や会場探しは「広報やインターネットで」とあり、URLやQRコードなど、スマホやパソコンに触れたことのない高齢者には想像もできない記号が並んでいます。

健康格差の原因となる社会的要因をSDH(social determinants of health)と言います。このご夫妻の状況をSDHの視点で考えてみましょう。まず、デジタル・デバイドと言われる格差が存在します。紙媒体での情報提供には、前回(No.5059)紹介した「やさしい日本語」が役立つかもしれません。受け手に合わせて情報を厳選し、必要なことを率直に伝えます。例えば、「令和3年度中に65歳に達する方(昭和32年4月1日以前に生まれた方)から接種を予定」という文章は後期高齢者には不要そうです。また、誰かが代わって手続きできれば、ミクロ(個人)レベルの手早い解決になるでしょう。頼りになる存在・つながりは大事なSDHです。地域に高齢者を支える仕組みがあるかが問われます。かかりつけ医から接種を受ける「練馬区モデル」は、会場探しや遠くへの移動を高齢者に求めない画期的な取組です。担当診療所の負担軽減などの課題はありますが、メゾレベル(地域ぐるみ)の有効な手段です。

ご夫妻の困りごとの原因には、ワクチンが十分に確保されず割り当てを希望者順にしている現状もあります。東京では、診療所の医療従事者向け予約さえ早々にシステムがダウンし、1週間経っても電話がつながりません。それも限られた供給量に申し込みが殺到しているためです。このように、健康格差の上流にはマクロレベル(政策)の問題が存在します。すぐには解決できないからこそ、自分たちに何ができるか考えることが求められます。

一方、かかりつけ医の重要性が認識された今、プライマリ・ケア制度の推進を政策に期待します。移動できない患者への訪問診療医によるワクチン接種も、政策レベルで検討されて初めて可能になります。その必要を訴えるのは、私たちの責任です。

武田裕子(順天堂大学大学院医学研究科医学教育学教授)[高齢者][「やさしい日本語」][練馬区モデル]

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