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【識者の眼】「『薬価を他国並みに下げるなら1カ月で承認審査』してくれるFDAのクーポン券」小野俊介

小野俊介 (東京大学大学院薬学系研究科医薬品評価科学准教授)

登録日: 2025-08-12

最終更新日: 2025-08-06

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米国の薬価を他国(日本を含む)並みに下げた製薬企業には、新薬を1〜2カ月で迅速審査する魅惑のクーポン券をFDAが発行してくれるそうだ

私も以前から「審査は3日間でできる。なぜなら、1年間の審査時間のほとんどは、当局の書庫で書類が眠ってるだけだから」と、身も蓋もないことを主張してきた。が、超大国の政府高官が私と同じことを言い始めると、さすがに正気を疑ってしまう。

クーポン券は「米国の国益に適う企業」に発行される。「国益」。医療行政の目的とされる「パブリックヘルス」も相当に大きな(あいまいな)言葉だが、FDAはさらにデカく「国益(national interests)」ときた。言葉もここまでデカくなると、何にでもつけられて便利である。「国益に適った注射針」とか。

承認審査は、薬の有効性・安全性・品質を保証し、国民に安心を与える科学に則った神聖な儀式。これを、値下げ交渉や地政学的な紛争の具に用いてはならぬというのが、他ならぬ米国FDAの知恵だったはず。それを大統領の取引(deal)のネタにするとは、哀れなことである。

一方、「米国に子どもじみたことされては困るんだよなぁ」と呟きつつ、こうした動きに困惑している方々が、霞が関・日本橋界隈にいるはず。

ご存じの通り、新薬開発・承認でのこの手の露骨な自国びいきは、伝統的に日本のお家芸である。たとえば「欧米よりも先に日本で開発すれば承認と薬価でご褒美をあげる」という先駆け審査制度や条件つき早期承認制度など。こうした仕組みに基づき、ゆるいエビデンスで再生医療等製品を日本が承認した数年前、海外の学術誌(Nature)から、「日本は科学を無視したテキトーな承認をするな!」と猛烈に攻撃された。その後、その手の製品の承認取り消しが続いて、カッコ悪い感じになっているのも周知の通り。

露骨な自国びいきを、日本政府が堂々とできるのは「日本が小国だから」である。悪乗り・タダ乗り(free ride)しても、新薬開発市場を歪めるほどの影響力はない。で、長い間、孫悟空(日本)はお釈迦様(米国)の掌の上で好き勝手してきたのだが、ついにお釈迦様がキレてしまった。「あいつらが好き勝手してるのだから、オレも同じことをする!」と叫ぶ米国を日本が正論で批判するのは難しい。

お薬に200%の関税をいきなり吹っ掛けようとするなど、お釈迦様はご乱心の最中。もし今、コロナ禍のような騒ぎが再び起きたら、今度は首相が製薬企業の社長に頭を下げ、政府が鷹揚にお薬代を支払うだけでは新薬の調達はうまくいかないかも。

注 CNBC:FDA to consider drug affordability when granting new vouchers to speed up approvals, Makary says 2025.

小野俊介(東京大学大学院薬学系研究科医薬品評価科学准教授)[承認審査

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