No.5068 (2021年06月12日発行) P.66
西 智弘 (川崎市立井田病院腫瘍内科/緩和ケア内科)
登録日: 2021-06-07
最終更新日: 2021-06-07
「ネガティブ・ケイパビリティ」という言葉を聞いたことがあるだろうか。
19世紀の詩人ジョン・キーツが最初に提唱した概念で、作家で医師の帚木蓬生さんは、著書『ネガティブ・ケイパビリティ 答えの出ない事態に耐える力』(朝日新聞出版)の中で、「ネガティブ・ケイパビリティ(negative capability)とは、『どうにも答えの出ない、どうにも対処しようのない事態に耐える能力』をさします。あるいは、『性急に証明や理由を求めずに、不確実さや不思議さ、懐疑の中にいることができる能力』をさします」と述べている。
今回、なぜこのネガティブ・ケイパビリティ(NC)を取り上げたかというと、緩和ケアの現場ではこの能力がとても重要になるからだ。例えば、患者に「死にたい」と言われたとき。すぐに問題を解決しようとする立場からは、「抗うつ薬だ」「精神科受診だ」と騒ぎ出すことになりかねないが、NCを意識できればその患者のベッドサイドに答えを出さずに居続けることができる。次の日も患者は「死にたい」と言うだろう。でも昨日と同じ日が、明日も続くのだとしたらそれは悪いことではないのではないか。そこで初めて「死にたいと思ってしまうくらい、おつらいのですね」との言葉が出てくる。「おつらいのですね」は医師国家試験にも出てしまうようなマニュアル化された言葉となってしまったが、「おつらいのですね」が問題を解決してくれるような幻想を、若い医師たちに与えているかもしれない。現場で、腰が据わっていない状態で「おつらいのですね」と口にして初めて、その空虚さに気づくのだ。
若い医師たちには、まずベッドサイドに居続ける力を身に付けてほしい。そのための第一歩として、NCについて学ぶことが重要である。「すぐに答えを出すことを求められがち」な世の中だからこそ、なおである。
西 智弘(川崎市立井田病院腫瘍内科/緩和ケア内科)[緩和ケア]