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【識者の眼】「世界の中で、日本の総合診療がすべきこと」竹村洋典

No.5091 (2021年11月20日発行) P.64

竹村洋典 (東京医科歯科大学教授)

登録日: 2021-11-01

最終更新日: 2021-11-01

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もう15年以上も前のことになる。京都でアジア大洋州WONCA(総合診療の国際学会)が開催された。竹村はその時に事務局長、いわゆる事務(または雑用)の総元締め、を任されていた。会期中、国立京都国際会館の学術大会本部に一人の色黒の高齢アジア人が入ってきた。「ここに若手の日本人総合診療医はいるか?」と聞かれ、本部に詰めていた当時若い総合診療医である私が対応した。不機嫌な顔をして以下の内容を話し出した。「なぜこの学術大会では、アメリカ人、オランダ人、イギリス人、そして俺のようなマレーシア人のような海外の演者ばかりなんだ。僕は日本を誇りに思っている。白人ではないのに良質の自動車や電化製品をどんどん作り出す。そして世界でも1、2を争うぐらいに長寿の国でもある。日本では医療についても何かをしているんだろう。なのに、この学術大会では日本の総合診療を講演する総合診療医はほとんどいない。このままでは、日本の総合診療もマレーシアみたいに英国や米国の言いなりになってしまうぞ。君は日本の総合診療や日本に医療に誇りを持たないのか。君たち日本人はアジアや世界の医療をけん引する実力があるのに……」と。

その時、私は頭の中で日本の総合診療がコペルニクス的な転換したのを実感したのを覚えている。竹村自身は米国で総合診療(家庭医療)の研修を受け、また医学教育の原理原則を英国で学んだ。それを自分の真ん中に置いて、総合診療の診療や教育をしていた。日本の医療の中でその輸入品がうまく機能するという保証はないにもかかわらず。今、自分がすべきは、日本の医療制度のもとで機能する総合診療がどのようなものであるかを日本自らの研究で明らかにし、それを日本の医療制度や文化の下でどのように教育・指導すべきかのエビデンスを獲得すること、そして実際に総合診療医を育成するための卒前・卒後医学教育を実施することであったと確信した。

後で知ったのは、その彼はラジャクマール(M.K. Rajakumar)という名前の総合診療医で、マレーシアの医療を国民に取り戻し、アジア大洋州では「プライマリ・ケアの父」と称される。のちに彼が死去した時は全マレーシア人が涙したと言われている。

竹村洋典(東京医科歯科大学教授)[総合診療]

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