No.5102 (2022年02月05日発行) P.59
谷口 恭 (太融寺町谷口医院院長)
登録日: 2022-01-18
最終更新日: 2022-01-18
「識者」と呼ばれるには力不足だが、都市の一角に位置した診療所の総合診療医のホンネを述べたい。今回が全12回の初回。
「なんで医者によって言うことが全然違うんですか?」これはCOVID-19の流行が始まった2020年の初頭から何十回と問われている質問だ。「PCRは抑制すべきだ」「いや増やすべきだ」、「ロックダウンせよ」「いや不要だ」、「ワクチンは義務化すべきだ」「いや危険だ」など、これだけ正反対の意見が飛び交えば医療不信が蔓延るのも無理はない。
本稿ではこれら二項対立のどちらが正しいかではなく、このような対立がなぜ無意味なのかを明らかにする。
「PCRは抑制すべきだ」という主張が検査前確率や尤度比の観点から考えれば正しいのは自明だろう。「胸が痛いから心筋梗塞が心配」と言う20代全員に心電図をオーダーするのが馬鹿げているのと同じだ。
だが、5年前からパニック障害で通院している患者が「街ですれ違った人が咳をしたような気がするから駅前のPCRを受けようと思うんです」と訴えたとき、「検査前確率が……」と理屈を言ったところで何も解決しない。
ワクチン接種を悩んでいるのが70代なら勧めても、「2年前に麻疹のワクチンを打って意識をなくしたんです。コロナワクチンは打ちたくありません」という20代の患者に「麻疹とコロナは別のものだから気にするのは間違っています」などとは言えない。
医師が市民(患者)に「〜しましょう」と言うのは、主語が「国民全体としては〜」、あるいは「公衆衛生学的には〜」という注釈が入るのならば適切であっても、その患者の立場に立てば現実的でないこともあるのだ。
随分と以前から存在するnarrative based medicineという言葉が今も普及していると言えないのは、「そんなことわかってるけど、やっぱりエビデンスがすべて」と考える医師が多いからではないか。もちろん、エビデンスなき医療を妄信するほど危険なことはない。大勢に情報を伝えなければならない立場にいる行政に携わる医師、公衆衛生学者、感染症専門医などは、私見を交えずエビデンスに基づいた知識を伝えるべきだ。
だが、そのときに一言添えてもらえないだろうか。「詳しくはかかりつけ医に相談してほしい」と。それだけでCOVID-19流行とともに生まれた医療不信はほとんど解決すると僕は信じている。
谷口 恭(太融寺町谷口医院院長)[新型コロナウイルス感染症]